後編
そして現在――。チョコレートと酒と大祐さんの香りが混ざった部屋で、俺は食われる寸前だった。嚙みつかれはしていないが、中途半端に脱がした胸元へキスされていた。首筋や腕にも跡がついているはずだ。口紅よりも鮮やかな色は、やがて紫がかった赤に変化を遂げる。幾度となく消えては上書きされる、背中の爪痕のように。
あさりの酒蒸しと肉々しいチャーハンとニラ玉を振舞ったときは、大人しかったのによ。いや、あのときも安静にしていた訳ではなかったか。枕が低いと言い出して、俺の採血された方の腕を代用しようとする悪魔ぶりを発揮していたな。それだけじゃない。一緒に風呂に入ったとき、俺の注射のパッチをいきなり剥がしてケラケラ笑っていた記憶がある。付き合いたての俺は、よくブチギレなかったな。
「また考え事ですか?」
「あぁ。この状態から、どうやって優位に立てるのか。俺なりに考えている」
「無駄ですよ。随分と可愛い顔になってきているの、自覚していないんですか? 私を抱く余裕があるとは思えません」
そんなことないと否定する声は上がらなかった。これ見よがしに指差された布地には、染みが広がっていた。催眠術にかかったように、促されるがままベッドへ移動する。大祐さんは俺を仰向けに寝かせ、ズボンを脱がせた。両足を俺に持ち上げさせ、ビニール片をシーツの上に落とす。カップ麺に付属する後入れ調味料ではない。
「待ってくれ。一旦タイム!」
身の危険を感じたが、大祐さんの手はすでに触れていた。一年前の戯れとは違う。中指の根本まで入るようになった場所を、最初に攻めていた。思わずシーツを握りしめる。
「一年間じっくり育てたかいがありました。美味しそうに飲み込んでくれていますよ」
涙目の視界で、大祐さんはにこやかに微笑んでいた。腰動いていますよと囁きながら、指の本数を増やす。
「二本目にはまだ早いって……!」
「何ですって? 三本目がほしいとは欲張りさんですね。太一君は」
ヒロイン属性は持ち合わせていないっての。腹に力を入れても、大祐さんはびくともしなかった。むしろ刺激が増している気さえする。
「ふふっ。動けば動くほど奥に引きずり込まれていますよ。もう少し見ていたいですけど、そろそろ頃合いですね」
大祐さんは左手で俺の頬に触れ、一気に引き抜いた。くぐもった嬌声とともに、爪先に力を込めなければいけないほどの衝撃が走った。
「目の上がチカチカする」
意識が真っ白になりそうだった。朦朧とする中、大祐さんは俺の両手を握る。
「一滴残らず受け止めてくれますね?」
考えるより先に頷いていて、俺は納得させられた。
この人なしでは生きられないなと。
I can’t live without you. 羽間慧 @hazamakei
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