I can’t live without you.

羽間慧

前編

 この二次創作の時系列は「Half year anniversary」の後であり、宇部松清さまの「すったもんだで!⑤~アラサーカップルの一年記念日~」https://kakuyomu.jp/works/16817330654611405713の後です。原作未読の方は、リンクへ飛んでくださいね!


 宇部さまの「なんやかんやで!〜両片想いの南城矢萩と神田夜宵をどうにかくっつけたいハッピーエンド請負人・遠藤初陽の奔走〜」のサブキャラだった二人の一年記念。とうとう一年記念まで世界観が広がった喜びを噛み締めつつ、寿門は一旦区切りとなるよう全力を尽くしました。今回のタイトルにピリオドを使ったのは、そのような覚悟を込めております。

 大人枠の二人だからこその世界観、心ゆくまでお楽しみくださいませ。







 ■□■□




 彼女がいたころは、胸元に顔を埋められても温かいだけだった。触れたところの体温が上がり、鼓動がやけに早くなった。ぎゅっとしてもらって生理現象が起きることはなかったのだ。


 俺は大祐だいすけさんに聞こえないよう、吐息を押し殺す。自分より背の高い恋人が胸元を擦り寄せ、腹の疼きが止まらなかった。


「大祐さん、それやめてくれよ。くすぐったくて変な笑いが出そうなんだけど」

「嫌です」

「はぁっ?」


 大祐さんは俺の首筋に手を這わせた。


「お利口な方が好きなんでしょうけど、外でだいぶ我慢したんですよ? もう理性の限界です」


 頑張れよ、大祐さんの理性!

 俺の願いは届かず、唇が重なった。主導権を握るという決意が、快楽でかき混ぜられる。

 結局、大祐さんがしおらしい態度だったのは、去年のたった一回だけだった。





 三月下旬から生徒は春休みだ。むろん、教師に休みはない。来年度に向けた会議や引き継ぎ、そして健康診断など目白押しだ。


寿都すっつさん。寿都太一たいちさん。血圧へどうぞ」

「はい!」


 ついつい元気な返事になるのは、体育会系のさだめだ。病院の中だから、いつもより声量に気をつけているぞ。

 俺は右腕を血圧計に入れ、一発オーケーをもらった。ほくほくした顔で待合室に戻ると、採血の部屋から大祐さんの顔が見えた。針を見たくないのか、顔を外へ向けている。目をつぶったままなのは可愛いな。


 うちの男子校の教職員は五十人以上、全員の都合のつく日は少ない。それゆえ、四日間に分散されていた。大祐さんと同じ時間帯になったのは偶然だ。日頃の行いに感謝したい。部活で有給を消化できていなかったため、健康診断が終わったら午後は自由だ。大祐さんに乗せてもらった車でドライブする予定である。早く終われと念を込めて、ファイルを部屋の前のカゴに入れた。

 

 診察室に呼ばれて戻って来ると、大祐さんの姿は待合室にいなかった。先に帰るなんてつれないと思いながら全ての項目をクリアし、マナーモードにしていたスマホを解除する。


「なっ!」


 思いのほか声が出て、俺は周囲に謝った。

 受付にファイルを返却し、早歩きで駐車場へ行く。運転席で大祐さんが白い顔をしていた。いつも色白だが、生命の危機を感じるレベルでひどい。運転席の窓を軽く叩くと、大祐さんがゆっくり開けてくれた。


「血を抜かれた人が走っちゃ駄目でしょう。何考えているんですか、寿都君」

「あんたこそ何考えているんだよ! だるいので駐車場で待ってます? ふざけんな、ベッドで採血してもらっとけばよかっただろうが!」

「大丈夫だと思ったんですよ。すぐに治りますから、大声を出さないでもらえますか? 頭がより痛くなります」

「そんなんでドライバーを任せられるか! 帰りは俺が運転する。あんたは後ろでひっくり返っとけ」


 渋々といった様子で、大祐さんは体を起こした。相当しんどいようで、俺の腕を掴んで後部座席へ移った。ごめんなさいと言ったのは、予定を台無しにしたことへの罪悪感だろうか。そんな謝罪いらないっつーの。


「今日くらい甘えてろ。無理すんじゃねーよ。一緒に過ごせるのは同じだろ」

「そうですね」


 横になった大祐さんに、俺は上着をかけた。気休めくらいになればいい。


 時計は十時。昼飯の準備はできていないはずだ。いつも大祐さんに作ってもらってばかりだから、俺に作れるメニューで体調を整えてもらおう。

 大祐さん家近くのスーパーに駐車したとき、念のため確認した。


「レバーは食べられるのか?」

「レバーも馬肉も苦手です。だから余計に鉄分が不足しがちなんですよ」


 分かっているならサプリで補うとか対処しとけよ。食育をしないといけない人間が、手本になれないのはどうかと思うぞ。あんたが元気ないと俺が困る。


「じゃあ、あさりは平気か?」

「酒蒸しにしてください。今日はバターが安くない日なので」

「分かった。大祐さんが復活したら、残りは酒のつまみな」


 一人で買い物に行こうとすると、大祐さんは手を握った。血の気はまだ戻ってきていない。


「すぐ帰るからいい子にしとけよ」


 ほんとはキスしてやりたいが、座席を傾けたら大祐さんに当たる。優しく手を包み、大丈夫だと繰り返した。

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