浮かれた世界 エピローグ

 アイリーンは自分の家の屋上にいた。


 そこからの景色を見ながら、スケッチブックに絵を描いていた。


 建造物が疎らに建てられた簡素で殺風景な街に、遮るものがなくなり伸び伸びとした陽光が当たり、それを眩く青々と照らしている。


 この景色をアイリーンは好いている。


 彼女はこの世界を嫌っているが、ここから見える景色を醜いものだと思うことは、この先も恐らくないだろう。


「…。」


 そこにルイスがやって来た。


「…起きてたんですか?」


 アイリーンは絵を描きながら答えた。


「ええ、ずっと前に起きたわよ。」


「嘘つかないでください。」


「嘘じゃないわよ。ほんとはモーニングを食べに行けるくらい早く起きたんだけど、あなたがまだ起きてなかったのよ。だから、ルイス君が起きるまでここで絵を描いて暇をつぶそうと思ってね…ほら、私って絵を描くのが得意じゃない?それはもうクリスチャン・ラッセン並みの画力を誇っているわけだけれど、速筆ってわけではないのよ。だから、ここからの素晴らしい景色を正確に描こうと思ったらすごく時間がかかってしまってね。途中で、止めることもできたんだけど、絵を描くのってとても楽しいのよ。だから、絵を描いてると時間を忘れてしまって、それで…。」


「めちゃくちゃ喋りますね。」


「…。」


 ルイスが指摘するとアイリーンは急に黙った。


「『絶対、起きるから』って言いましたよね?」


「…言ったかもしれないわね。」


「どうして、できない約束をするんですか?」


 アイリーンは静かに振り返って得意げに言った。


「約束しときたかったのよ、ルイス君とね。」


「いい加減にしてくださいよ!!」


 ルイスは大声でアイリーンに怒鳴った。アイリーンはまるでそれを予期していたかのような速さで自分の耳を小指で塞いだ。


「僕だってもっと遅くまで寝てたいんですよ!それを姉さんがどうしてもっていうから早起きしてるんです!それなのに姉さんは…!しかも、言い訳までして!っていうか、言い訳ももっと上手いのなかったんですか!?なんですか、絵を描いてたって!だいたい、絵を描くの下手くそじゃないですか、姉さんは!」


 一通りルイスが喋り終わるの見た後、アイリーンは耳を塞ぐのをやめた。


「耳を塞いでいたおかげで何も聞こえなかったわ。まるで、あなたが壊れかけのレディオになったみたいにね。私、絵を描いてる途中なのよ。邪魔しないでもらえるかしら。」


 アイリーンはそういって再び絵を描きだした。


 ルイスはアイリーンの態度に一瞬、ムッとした表情を浮かべたが、やがてすました表情になり疑問を問いかけた。


「一体どんな絵を描いてるんですか?」


 ルイスは後ろからアイリーンが描いてる絵を覗き込んできた。それに気づいたアイリーンはルイスに絵を見られないように隠した。


「私の絵を下手くそだと言った人には見せないわよ。」


「…聞こえてるじゃないですか、さっきの。いいじゃないですか、見せてくださいよ。」


 ルイスは後ろからアイリーンの絵に手を伸ばした。アイリーンは今度はそれに対してあまり抵抗しなかった。


 アイリーンの絵を手に入れたルイスは、簡単に絵を奪えたことに疑問を持ちながらも、その絵を見た。


 そこには、ここから見える街の景色と、なぜかそこにはいないイルカと、それを眺める3人の人間が、下手くそながらにしっかりと描き込まれていた。


「…なぜイルカ?…それに、この3人は誰なんですか?」


 アイリーンは描いていた景色を見ながら答えた。


「イルカを描いたのは、私が絵を描く際に、ラッセンの絵を参考にしているからよ。3人の人間は…」


 アイリーンは少し間を置いてから言った。


「私と、あなたと、ネリネよ。」


 ルイスはそれを聞いてもう一度その絵を見た。そして、少し微笑んで言った。


「姉さんって…子供ですね。」


 それを聞いたアイリーンは振り返って、ルイスを見て意地悪な笑みを浮かべた。

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アカシックノート 〜世界を嫌う少女は異世界を旅する〜 正妻キドリ @prprperetto

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