浮かれた世界⑩

 アイリーン達は店の外に出た。


 未だに、遠くの方ではどんちゃん騒ぎ行われていて、その音がここまで聞こえてきていた。


「相変わらずうるさいな~。」


 ネリネはそう言って、うるさい音が鳴ってる方を煩わしそうに見た。


 すると、そちらの側から男女複数人が騒ぎ立てながら、アイリーン達の方へと歩いてきた。


 よく見ると、それは先程アイリーンをナンパした男と、その現場近くで談笑をしていた人達だった。


 そのグループの中の1人の女が、こちらに話しかけてきた。


「あれぇ??ネリネじゃ~ん!!もう、カフェの営業時間終わったの~??」


 その女は親しげな笑みを浮かべて、ネリネに駆け寄ってきた。ネリネもまた彼女に笑顔を見せて、明るい声で返した。


「あ!ピリパじゃん!うん!終わったよ~!」


「じゃーさ~、これから飲みに行かな~い??」


「やだよ!私、騒がしいの苦手だし!」


「え~!じゃあ、ウチと2人ならいい~??」


「お~い!ちょっと~!!俺らもネリネと飲みたいんだけど~!?」


 後ろの人達が、ネリネとピリパの会話に割り込んできた。ピリパはそんな彼らに強い口調で言った。


「はぁ~!?無理に決まってんだろ??ウチの親友はあんたらのこと嫌いなんだよ!なあ!ネリネ?」


「いや、別に嫌いってわけじゃないけど…ってか、あんた、このカフェに全然来てくれないじゃない!前、約束したのに!」


「え~!?だって、このカフェ静かすぎて落ち着かな…あれぇ!?この子、さっきの子じゃない!?アッシーを蹴り飛ばしてた!」


 ピリパがそう言って指差したことを合図に、グループは一斉にアイリーンに視線を送った。


「あ!ほんとだ!あのめっちゃ強いお嬢ちゃんじゃーん!」


「マジうける~!」


「もっかいナンパしなよ!アッシー!」


「え…?いや…。」


 ナンパ男ことアッシーは、恐る恐るアイリーンの方に視線を向けた。そこには鬼のような形相でナンパ男を睨むアイリーンがいた。


「わりぃ…俺、用事思い出したから行くわ!!」


 ナンパ男は全力で反対方向に駆け出した。それを追いかけてグループも走り出した。


「おーい!どこ行くんだよ!?」


「逃げんのか~??」


「てめぇ!もっかいぼこぼこにされろ!!」


 そのグループは騒ぎ立てながら遠ざかっていった。


 それをピリパも追いかけようとしたが、その前にネリネの方を向いて明るい声で彼女に呼び掛けた。


「ウチも行くわ!また飲も!ネリネ!」


「いいよ、カフェに来てくれるならね!」


「うーん…それは無理かも!」


 ピリパは笑いながらベロをべーと出した。ネリネもそれに笑いながらベロを出して返した。


 ピリパはその後、グループを追いかけていった。


 彼女が去って、再び3人になった。


「以外ね…あの人達とあなたが友達だったなんて。」


 アイリーンは遠ざかっていくグループに冷めた視線を向けながら、隣にいるネリネに言った。ネリネはそれを聞いて、けらけらと笑いだした。


「そうだね、自分でもそう思う。でも、全然違うタイプの人と気が合うことって案外あるんだよ。」


 アイリーンはそれを聞いて「ええ、そうね。私は色々と勘違いしてたみたい。」と呟き、少し微笑んだ。そして、そのグループが走っていった方とは逆の方へと歩き出した。


「じゃあ、私達も行くわ。ありがとう、ネリネ。さようなら。」


「ネリネさん…ありがとうございました。」


 アイリーンはすました顔で、ルイスは悲しい気持ちを我慢して笑顔で言った。


「こちらこそ、ありがとう。2人と話せて楽しかったよ!」


 ネリネもそれに笑顔で返した。


 アイリーンはネリネに背を向けてスタスタと歩いていく。それはまるで今日築き上げた彼女との友情を断ち切るかのようだった。


 ルイスは彼女の背中を追いながらも、途中でネリネの方を振り返った。彼の顔はとても悲しそうだった。


 自分との別れを惜しんでくれる少年が可愛く思えたネリネは、彼に明るい笑顔で手を振ってあげた。すると、彼もそれに手を振って答えてくれた。


「大袈裟だな~。今生の別れというわけでもないのに。」と、ネリネは心の中で呟いた。


 生きていればそのうち、またどこかで、ばったり会うかもしれない。


 そもそも、アイリーンとルイスは、今日偶然この店にふらっと立ち寄っただけのお客さんだ。今後、会うことがなかったとしても、何ら困ることはない。


 お互いの人生にほとんど影響を及ぼすことはないだろう。赤の他人というわけではないが、その表現が一番似合う間柄なのだから。


 だから…また会うことがあったら、その時に再会を喜べばいい。


「…。」


 ネリネの心に、少しの不安が芽生えた。


 それはアイリーンとルイスの態度になんだか違和感を覚えたから。


 アイリーンは最初から淡白な感じではあったが、今の彼女からは何故か意図的なものを感じた。まるで、今日の夜が辛い思い出になってしまうから、断ち切ろうとしているみたいに。


 ルイスは自分よりも幼くて感受性の豊かな子だ。でも、会おうと思えば会いに来れるのに、ここまで悲しそうな表情を見せるだろうか?まるで、もうこの先会うことが叶わないと思い込んでいるみたいだった。


 まるで、今日で世界が終わってしまうみたいだ…。


 夜風が優しくネリネの頬を撫で、それからアイリーン達の背中を追いかけていった。


 彼女は、段々と遠ざかっていく2人の背中を見ていた。


 得体のしれない斥力が、彼女の心に働いた。




「…ねぇ!」




 ネリネは大きな声でアイリーン達に呼び掛けた。




 アイリーンはその声に反応して歩みを止めた。




「また、会えるよね?」




 ネリネは微笑みながら、でも不安そうに聞いた。




 少し、間を置いた。




 ほんのちょっぴり長く感じられた。




 アイリーンは、小指を立てた手を見せた後、静かに振り返った。











「もちろん。約束よ。」











 アイリーンは優しく微笑んでいた。


 それは、ネリネの心の中に芽生えた少しの不安をそっと摘み取るような、そんな微笑みだった。


 ネリネは、ぱっと明るい笑顔を浮かべ、そして、彼女も小指を立てて、アイリーンに見せた。


「ネリネさん!今度は僕達の街に来てくださいよ~!」


 ルイスは大声でネリネに言った。


「もちろん!その時は歓迎してよね~!!」


 彼女は大きく手を振った。


「…嘘だったら、針がいっぱいついたお魚…丸飲みしてもらうからね?」


 ネリネはそっと、アイリーン達に聞こえないように呟いた。


 アイリーンは軽く手を振った後、再び彼女に背を向けて歩き出した。ルイスは、アイリーンの背中を追かけながら、笑顔でネリネに手を振り続けた。


 今日出会って、ほんのちょっと会話を交わしただけなのに、少々大袈裟過ぎやしないかしら?


 アイリーンには、この状況が少々可笑しく思えた。


「…フフッ。」


 アイリーンは静かに笑いを溢した。


 やがて、ネリネもルイスも徐々に手を振るのをやめていった。


 ネリネは、2人の背中から夜空へと視線を移し、そのいつもと変わらない景色を暫く眺めた後、店の扉にかかっている看板をクローズにして、店内へと戻っていった。


 アイリーンとルイスは、もう彼女の方を振り返りはしなかった。


「…どうして、また会う約束をしたんですか?」


「え?」


 ルイスはアイリーンに質問した。


 突然の疑問を投げかけられたアイリーンは、少し驚いてルイスの方に顔を向けた。


「だから…どうして、できない約束をしたんですか?もう、ネリネさんとは会えないじゃないですか…。」


 ルイスは悲しそうな表情を浮かべていた。アイリーンは俯いている彼に向かって淡々と答えた。


「そんなのわからないじゃない。もしかしたら、とてつもない奇跡が起こって、また会えるかもしれないわよ?…そう思ったから、あなたも彼女を私達の街に誘ったんじゃないの?」


「いや…まぁ…。でも、やっぱりおかしいじゃないですか…。」


「…なに?もしかして、今朝私が寝坊して、あなたとの約束を破ったことをまだ根に持っているの?」


「違いますよ!…ただ、どうして、できない約束をするのかなって。」


 アイリーンは視線を斜め上方向に向け、綺麗な夜空を眺めながら、ルイスの問いに対する答えを考えた。


 やがて彼女は、考えついた一つの答えを彼に提示した。


「さぁ、なんででしょうね。でも…例え、もう会えないのだとしても…。」


 アイリーンは優しい口調で静かに言った。


「約束しておきたかったのよ、彼女と。」


 アイリーンは夜空を見ながら、とても得意げな顔をしていた。恐らく、自分の答えに満足したのだろう。


 ルイスは、暫く呆気にとられたような顔で彼女を見ていたが、やがて、それを理解して軽く吹き出してしまった。


「…フフッ。」


「何がおかしいの?」


「いえ、別に…!姉さんの言った通り、終わりには良いこともあるんだなーと思いまして。」


「世界が終わりを迎える。そんな悲しい運命がバリスタに扮して淹れてくれた、温かいブレンドコーヒーみたいな出会いだったわね。」


「あはは!何ですか?その翌朝には黒歴史になっていそうなポエムは。」


「失礼ね、あなた。…まぁ、噯気みたいなもんかしらね、そのコーヒーを味わった後の。」


 アイリーンはそう言った後、その場で立ち止まり、ルイスの方に体を向けて真っ直ぐ腕を差し伸べた。


 彼女のその行動は、この世界を離れ、自分達が住んでいる世界へと移動する魔法を使う前の準備である。


 アイリーンはルイスに言った。


「さぁ、帰りましょうか。私達の世界に…。」


「はい…!」


 ルイスは彼女の手を握ろうとした。と、その瞬間、アイリーンが思い出したかのように、彼にある提案をしてきた。 


「ところで、ルイス君?今日、私が寝坊して、行くことが叶わなくなってしまった近所のカフェに、明日の朝、モーニングを食べに行かない?」


 アイリーンは微笑みながらルイスに聞いた。


 ルイスは彼女の手を握った後、笑いながら答えた。


「嫌です!」




 やがて、姉弟が街から消え、この世界を白色の光が包んだ。街も、街の人も、全てを飲み込んで。

 

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