浮かれた世界⑨

 ふと、壁にかかっている時計を見てみると閉店時間間近になっていた。


「もうすぐ閉店時間ね…。私達はそろそろ帰ろうかしら。」


「えぇ~!もう帰っちゃうの?もうちょっと居ていいんだよ?閉店時間とか気にせずにさぁ~!マスター、いいですよね?」


 ネリネは残念そうな顔をしてアイリーンに言った後、マスターに問いかけた。マスターは片手で中指を立てたハンドサインを送った。


「ほら、マスターも『もちろん』って言ってくれてるよ?」


「ややこしわね、あのハンドサイン。…マスターの心意気はありがたいけれど、あまり迷惑は掛けられないわ。」


 アイリーンはそう言って椅子から立ち上がった。


「帰るんですか…。」


 ルイスもとても悲しそうな顔をしてアイリーンに言った。2人がここから去ること、それはもう一生この場所に戻ってくることはできず、ネリネやマスターにも会えないことを示していた。


 この後、この世界は寿命を迎え、元から何もなかったかのように全てが消えてしまうのだ。


「いつか終わりは来るものよ。」


 悲しそうにするルイスにアイリーンは優しく言った。


「終わりに悲しみはつきものだけど、そこにあるのはそれだけじゃないわ。いいこともあるわよ、きっと。」


 アイリーンはそういって微笑んだ。それを見ていたネリネは笑いながら言った。


「2人とも!外まで送っていくよ!いこう!」


「ええ、ありがとう。ところで、いくらかしら?」


「え?ああ!お金?いいよ、まけとくから!ね!マスター?」


 ネリネにそう言われたマスターは、一瞬間をおいてから小指を立てたハンドサインを出した。


「迷ってたじゃない、マスター。」


「もう~!粋じゃないな~、マスターは。」


 そう言って笑うネリネの横でアイリーンは少し大きな声で言った。


「マスター、コピ・コバロス美味しかったわ。」


「…いや、姉さん残してたじゃないですか。さよなら、マスター!」


 アイリーンに続いてルイスもマスターに別れを告げ、大きく手を振った。マスターは店を出ていくアイリーン達に対して、片手で小さく手を振っていた。

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