浮かれた世界⑧

 そんなあたふたとしているルイスを見て、ネリネは心底おかしそうにフフッっと笑った。


「自分の街が好きなのはとてもいいことだと思うよ!…まぁ、私とアイリーンは君と反対の意見だから、仲良くはできないかもだけどね、ルイス君♪」


「えぇ~!?仲良くしてくださいよ~…!」


 揶揄われたことに戸惑うルイスに対して、ネリネは意地悪な笑みを浮かべた。ルイスは揶揄われたことを怒ってはいたが、満更でもなさそうな様子であった。

 

 楽しそうにやり取りをする2人を見て、アイリーンはささやかな嫉妬心を抱き、不満げな表情を浮かべた。


 彼女は、少々ムッとしながらネリネに言った。


「あんまり、うちの弟を揶揄わないでくれるかしら?ゴブリンの糞をそのまんま食わすわよ?」


 アイリーンに、急にトリッキーな脅し文句を言われたネリネは、戸惑いながら苦笑いを浮かべた。


「…そ、そのまんまは困るかな。」


 ネリネは鋭いまなざしを向けてくるアイリーンを宥めるように手のひらを彼女に向けた。そして、その後すぐ仕切りなおすかのように、明るい口調で元気に言った。


「でも、この街が苦手ってだけで、嫌いってわけじゃないんだよね。この街にもいいところはたくさんあるんだよ!」


 ネリネは腕を広げて自信満々な表情を浮かべた。


「そうですよね!僕はこの街好きですよ!明るくて楽しいし、なんてったってこのオシャレなカフェがありますしね!」


 ルイスは得意げな顔で、彼女に同調して言った。その言葉は紛れもなく心の奥底から出た本音であったが、ネリネには少々露骨に聞こえたのか、彼に疑いの眼差しを向けた。


「お!ルイス君、上手いこと言うね~!でも、それ本心で言ってる~?」


「言ってますよ!なんで疑うんですか!マスターさんは信じてくれますよね!?」


 ルイスはカウンターの方を振り返り、マスターに大きな声で問いかけた。


 すると、マスターは無言のまま両手で持っていた新聞を片手持ちに変えて、開いた方の腕をルイスの方へと伸ばした。


 そして、あろうことか、中指を天井に向けてピンと立てた。


「…!?」


 ルイスは愕然とした。


 驚きすぎて目が飛び出そうになった。


 しかし、それも無理はない。今日初めて会った人物に、急にくたばれと言われたのだから。


「よかったね、ルイス君。マスターは君のこと信じてくれるって!」


「…えっ?」


 と、ここでルイスは自分達が住んでいる世界と、この世界とでは、ハンドサインの意味が異なっていることを思い出した。


「あっ…そっか!ネリネさん、あのハンドサインはどういう意味なんですか…?」


「ん?あれは『もちろん』って強い同意の意味だけど…あれも知らないの?」


「そ、そうなんですよ~…ははっ…。」


 ルイスは苦笑いを浮かべながら、ネリネに対して言った。


「…私は自分の街が嫌いだから、私とネリネも違うわね。」

 

 アイリーンは窓の外を見ながら口を開いた。彼女の言動はとても淡白なものであった。


「いいところが少なからず存在したとしても、どうしても嫌いな部分を受け入れることができないわ、私は。」


 アイリーンは自分が住んでいる世界を嫌っているが、気に入っている部分も少し存在していた。自宅の屋根から見える綺麗な景色、嫌々ながらも自分の話を聞いてくれる稀有な友達、先人達が生み出した芸術的遺産。しかし、それ、があったとしても、彼女の中の天秤は嫌いに傾いたままなのである。


 無表情なままそう言ったアイリーンに、ネリネは微笑みかけて言った。


「そっか。じゃあ、しょうがないね。でもさ、受け入れなくてもいいから、いいところまで否定してしまわないようにね。」


 アイリーンはネリネの方に視線を向けた。そこには優しいネリネの微笑みがあった。


「…ええ、わかってるわ。」


 アイリーンはそういって再び窓の外を見た。


「いっそのこと、アイリーンが自分好みの街に変えっちゃったらいいんじゃない?」


 ネリネは意地悪な笑みを浮かべながら言った。それにアイリーンは少し笑って得意げに言った。


「まぁね、そっちの方が私っぽいし、それだけの力もあるしね。」


「あはは、アイリーンは子供だね!最初は大人っぽいと思ってたけど!今なら年下なのも納得だわ~!」


「フフ、そうかもね…。」


 それからも色々なことを話した。3人の中では、時間などないも同然のように感じられるほどだった。

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