浮かれた世界⑦

「それでさぁ~、この時間になったらみんな外で騒ぎだすから、この静かなカフェには誰も来ないのよ!ただでさえ、普段からお客さん少ないのにほんと困っちゃうわよね!」


 ネリネは腕を組み、うんざりした表情を浮かべ、この街への不平不満を溢していた。


 初めは落ち着いた雰囲気を醸し出していた彼女だったが、ある程度時間が経つとその雰囲気は薄まり、代わりに内側にあった明るさが滲み出て、アイリーン達との距離を大いに縮めていた。


 ルイスはそれに苦笑いをしながら、ネリネに対して返した。


「あはは…。確かに、皆さんこういう落ち着いた場所に来なさそうですもんね。でも、もったいないですよね。こんないい店が街にあるのに…。」


 彼がフォローを入れると、ネリネはそれに深く感動したようで、キラキラと目に涙を浮かべながら、ルイスの手を取って嬉しそうに言った。


「ル~イ~スく~ん!!わかってくれるのは君だけだよ~!みんなわかってないのよ!静かなカフェの良さが!昔はこういうカフェがもっといっぱいあったらしいんだけどさ。時代が進むにつれて陽気な人達がいっぱい増えたから、もう静かな雰囲気のカフェはどんどん需要がなくなって…もう今はほとんどが騒ぎながらコーヒー飲むようになっちゃった…。はぁ…。なんかの間違いで急に繁盛し出さないかな?」


 ネリネは顔を机に突っ伏した。アイリーンは澄ました顔で彼女を見つめながら言った。


「需要が少ないのに、多くの客に来てほしいていうのは少々わがままだと思うわよ。」


 アイリーンがそう言うと、ネリネは顔を上げてムスッとした顔でアイリーンを睨み出した。アイリーンはそれを、まるで見ていなかったかのように無視して、客がいない店内を軽く見渡した。


「でも、潰れてないってことは一応、客は来てるってことでしょ?まだ必要最低限の需要はあるんじゃない?」


「最低限じゃ嫌だ〜!もっと流行らないかな?このカフェ。」


「厳しいでしょうね、この街では。」


 む~という声を出しながら、ネリネは不満そうにしていた。が、しばらくそうした後、彼女はいつもの笑顔に戻り、アイリーンとルイスを交互に見て問いかけた。


「ねぇ?2人が育った街はどんなところなの?」


「僕達のですか?」


「うん!」


「僕達の街は…。」


 ルイスはゆっくりとアイリーンの方を見た。ルイスの「自分には説明できないから、姉さんが説明してください!」というヘルプを受け取ったアイリーンは「はぁ…」とため息を吐いてから喋り出した。


「私達の街は、この街よりももっと簡素で殺風景なところよ。でも、ここよりも技術やら文化やらは無駄に進んでしまっているの。それ故、街の人間達は自分達が最も優れていると信じて疑わないし、他の街の人間達を見下している。更に、他の街の文化を異常なほど嫌っていて、自分達の文化にずっと固執しているから、長い年月を重ねても何も変化が起きない。風景には彩りがあってとても綺麗なのに、そこにいる人々の心は無色で統一されているかのような、とてもくだらなくて、つまらない…」


 アイリーンは暗い顔で語っていたが、最後に微笑んでいった。


「そんな街よ。」


「へぇ~。なんていうか…自己愛が強い街だね。」


 アイリーンは顎に手を当てて視線を上に向けて言った。


「そうね。ピッタリな言葉だと思うわ。」


「アイリーンは自分の街…好き?」


 ネリネは静かに聞いた。彼女の話し方からは、自分の街のことを嫌そうに話していたアイリーンへの同情が感じ取れた。


「好きじゃないわ。」


 アイリーンは切り捨てるように言った。ネリネは微笑みながら、でもどこか悲しそうな様子で同意した。


「私も苦手だよ…自分の街。ルイス君は?」


 突然の問いにルイスはあたふたしながら答えた。


「えっ!え、えっと…僕はなんだかんだで好きですよ!自分のま、街!でも、姉さんほど生きてないですから、これから好きじゃなくなるかもしれないですけど…!」


 ルイスの言動からは姉のアイリーンにとても気を使っている様子が見て取れた。彼はアイリーンと違って、別に自分が住んでいる世界を嫌っているわけではない。しかし、先程の彼女の言葉を聞いていると、どうしても言葉を濁さずにはいられなかった。

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