18.非日常

 エルリアにポーション以外の仕事が来るようになってしばらくたった。今ではほぼ毎日、一人か二人は依頼人が来るようになった。


 ポーション作成の合間に依頼を受けるような生活も安定し、ケイとエルリアは穏やかな日々を送っている。




 ある日の昼過ぎ、丁度昼食を食べ終えたエルリアのもとに一人の青年がやってきた。


 いつものように玄関席での対応はケイに任せ、客人へすぐに対応できるように準備を整える。場合によってはすぐに出掛けるようなこともあるためだ。


 準備を終えたエルリアはお茶の用意をしながら首をかしげる。


 エルリアに用があるならすぐに部屋に通されるはずなのだ。それ以外には配達くらいでしかここを尋ねる人はいない。ポーションの受け取りならば日にちと時間は決まっているからそれはありえない。


 いつまでたっても部屋に通されることもなく、帰るわけでもない様子に、エルリアは耳を澄ませて玄関の方に意識を集中させた。


 どうやら客人とケイが言い争っているようだ。いつも冷静なケイが誰かと揉めていることに不安を感じる。


 エルリアは思い切って様子を見に行くことにした。


 廊下から顔をのぞかせると、ケイに向かって声を荒らげながら無理やり家に押し入ろうとしている青年と、それを阻むケイ。


 どういう状況だ?と、エルリアがじっとそちらを見つめていると青年と目が合ってしまった。


「お前!!金返せよ!このインチキ錬金術師が!!」


 突然向けられた暴言にエルリアは驚き固まる。


 エルリアに気づいたケイの気が緩んだ隙に家に押し入り、エルリアに詰め寄る青年。片手に剣を持ち、憤怒の表情でエルリアに詰め寄る。


「おい!お前のせいでこっちは大損したんだ!実績のある錬金術師と聞いたから信用してお前に任せたのに、こんな粗悪品を掴まされるなんて……!金返せよ!」


 エルリアに反論の隙を与えず詰め寄る青年に、ケイもエルリアも呆然と見ていることしかできなかった。


「おい、なんとか言ったらどうなんだよ!俺が正論すぎて言い返せないんだろ!お前がインチキ野郎だって街中に言いふらされたくなかったらさっさと金を出せ!さもないと……」


 そう言って拳を振り上げる青年に恐怖を感じたエルリアは、歯を食いしばり目をつむる。


 殴られる……!と思って体をこわばらせたエルリアだったがその衝撃が来ることはなかった。


 ケイが青年の腕をひねり上げ、暴力を阻止してくれたようだ。


「お、おい!なんだよお前!大切な客相手にそんな事していいと思ってるのか?離せよ!」


 ケイが体を抑えてくれていることで恐怖心が抜けたエルリアは、一度大きく深呼吸をして青年に向かい合った。


「あの、あなたは何故そんなに怒っているのですか?まずは事情をご説明ください。」


 怒りの表情をそのままに、青年は激しい口調で説明を始めた。


「これだよ!これ!お前が魔法付与したこの魔剣!魔法なんて付与されてねえじゃねえか!こんなの、高い金出して買った魔石を高い金出して売ったようなもんだろ!その分の金と慰謝料払えっつってんだよ!!」


 剣をエルリアの前に突き出しながら激昂する青年に対して、だんだんと冷静になってきたエルリアは落ち着いて口を開く。


「魔法付与したのはいつのことですか?」

「あ?……十日前だよ!」

「時間帯は?」

「今と同じ、昼過ぎだ!」

「そうですか、それならばありえませんね。」


 そう、ありえないのだ。だって、その日、エルリアは……


「十日前の昼過ぎはマリアさんの食堂で昼食をとっていました。マリアさんに確認すれば分かるはずです。あなたの剣に魔法付与をしたという事実はありません。」


 一瞬怯んだ様子を見せた青年だったが、すぐに調子を取り戻し、なおエルリアを攻める。


「ま、間違えた!九日前だ!」

「その日はうちに師匠が来ていました。ありえません。」

「八日前!」

「その日はケイとともに買い出しに出ています。八百屋、肉屋、パン屋、果物屋……あと雑貨屋にも行きましたね。」

「じゃ、じゃあ……」

「もういいでしょ?私はあなたの剣に魔法付与をした覚えはありませんし、そもそもあなたとも初対面です。受け取ってもいないお金も、覚えもない慰謝料も払う気はありません。帰ってください。」


 怒りで血管が切れそうなほどに顔を真っ赤にした青年は、突然暴れだしたかと思ったら、剣を鞘から抜いてエルリアに斬りかかろうとした。


が、その前にケイが取り押さえ、地面に突っ伏した状態で腕を縛られる。


「クッソ……!!」

「……私は、まだ魔力付与の依頼はひとつも受けたことがありません。新人ですし。受けた依頼は全て書面に残すことになってますので、確認してもらえればわかります。不法侵入、暴行未遂、恐喝……ちゃんと罪は償ってくださいね。」


 ケイに縛られた青年は、自警団に連行された。





 「「はぁ…………。」」


 ようやく静かになった家の中で、疲れ切ったエルリアとケイはソファに座り項垂れていた。


「あの人は……何がしたかったんでしょう?」

「……おそらく、あんな風に詰め寄れば、怯えておとなしく金を渡すと思ったんでしょうね。エルリアはまだ若いし、可愛らしい女の子だから。……あいつはゲス野郎です。」


 エルリアもその理由には納得だ。まだ十五歳で、背も低い、気の弱そうなエルリアだったら自分の言いなりになるとでも思ったのだろう。


 しかし、エルリアには絶対的な記憶力と、ケイがついていた。


 エルリアの記憶力で相手を言い負かし、暴力で訴えてこようとすればケイが対処する。あの青年に勝ち目は無かったのだ。


 よほどお金に困っていたのか、弱者をいたぶるのが好きなのか……。あの青年の背景は分からないが、二度とあんなことをしないように、しっかり反省してほしいとエルリアは思う。


 こんな出来事は滅多に起こらないとは思うが、もう二度と同じ目には会いたくないと溜息をつくエルリアだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

錬金術少女と、とある古代遺物をめぐる物語 ういの @blue_bear

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ