第24話 告白
「ユリウス、聞いてくれ……私の名前は『リリー』ではない」
「では、なんという名前なのだ」
「私は……シルヴィエ」
シルヴィエは、ようやっと言えた。とユリウスを見あげた。
「シルヴィエ……? 私のかつての家庭教師と同じだ」
「そのシルヴィエだよ、ユリウス」
「……へ?」
「私の本当の姿を知ったら嫌いになる、そう言ったろう?」
ユリウスの目が驚きに大きく見開かれる。どうやらシルヴィエの言葉にいまいち実感を持てていないようだ。
「この髪……目の色……見覚えはないか?」
「確かにシルヴィエ先生と同じだが……しかし先生はもっとお年を召していて」
「ああ、そうだ。この姿は仮のものだ」
「仮……? どういうことです」
「今、私の姿は体内の魔力量によって変化してしまうんだ」
シルヴィエはそう言ってベンチを降り、東屋から少し離れた所まで歩いた。
「ユリウス、そこで見ていて。今、私の本当の姿を見せる」
そうして両手を天に掲げ、シルヴィエは魔力を放出した。
目に見えない魔力は真っ直ぐに頭上へと伸び、王城の結界にぶつかって四散する。
この結界はかつてシルヴィエ自身が施したものだが、もはや今のシルヴィエにこの結界を破るだけの魔力は無い。
「……シルヴィエ……先生……え!?」
魔力は放ったシルヴィエの姿が変化した。
ユリウスはてっきり自分の知っているあの先生の姿が現われると思ったのだが、そこに現われたのは幼女の姿だった。
「君は……あの時の……」
「そう。今私は魔王封印の影響でこのような姿になっている」
「なんてことだ……娘じゃなかったのか」
「そういうことだ。ユリウス。貴方に初めて会った時、私は二人の末王子のお仕置きで
シルヴィエは呆然としているユリウスを見あげた。
「どちらにしろ、私は貴方にふさわしくないのが分かっただろう」
「そんな……」
「いいんだ、ユリウス。元は婆さんだし、今は子供の姿でしかない。今後もどうなるか分からん。そんな女はこの国の第一王子にふさわしくはない」
「……」
言うだけ言ってシルヴィエふうと息を吐いた。
そしてシルヴィエとユリウスはただ無言で見つめ合った。
どちらが先に口を開くか、探り合った末に声を発したのはユリウスだった。
「シルヴィエ……先生」
「シルヴィエでいい」
「……シルヴィエ。俺はどうして貴女にこれほどまでに惹かれるのか不思議で仕方なかった。でもその訳がようやく分かった気持ちです。だって、私の初恋は、先生……シルヴィエ先生だったのですから」
「な、なにを……」
「凜とした佇まいに私は憧れを抱いていました。その姿を『リリー』の中に見ていたのだって」
話すうちにユリウスの顔は明るく輝いている。
「……ユリウス」
「好きです。やっぱり私が貴女を嫌いになるなんてありえない」
「こら。こんな子供に何を言っているんだ」
「どんな貴女でも私は……愛しています。それに子供になったのなら十年も経てば結婚できるでしょう!?」
ユリウスはまさかの有頂天のようだった。本当の姿を現して、ユリウスが嫌悪感を現さずに居てくれたのは内心嬉しかったけれど、シルヴィエはそこまで楽観的にはなれなかった。
「この体はさっきも言ったように魔王封印の影響だ。ずっとこのままかもしれないんだ」
「でもきっと解決できますよね。だって、大賢者シルヴィエですから」
「……ユリウス。それには何十年もかかるかもしれない。そういう意味でも貴方を受け入れることはできない」
シルヴィエはきっぱりと言い切った。
これでシルヴィエはもう隠し事も言い残したこともない。
「そういう訳だ。ユリウス……私の変な意地の所為で申し訳ないことをした」
「そんな! 謝るだなんておかしい。俺はシルヴィエと一緒にいて幸せだった! それまで嘘だなんて、どうか言わないで欲しい」
「……」
シルヴィエだって、あのひと時を無かったことにしたい訳ではなかった。
だけど、ユリウスに自分を忘れて貰う為に、そんなことは言ってられない。
シルヴィエはぐっと拳を握り込むと、ユリウスに言い放った。
「ユリウス、それは貴方の一方的な思いだ。私のことは忘れなさい」
「シルヴィエ……」
そして、そのままシルヴィエは一度も振り返ることをせずに王城の裏庭から去った。
「……これでいい」
シルヴィエは今にも雨の降り出しそうな曇り空を見つめ、そう呟いた。
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