第6話 戸惑い
「はぁ……はぁ……」
シルヴィエは無理矢理に
『あるじ、いまのひとは誰です?』
「気にしないでいいよ。さ、先にお入り」
シルヴィエはクーロを館の中に押し込んでため息をついた。
「なんで嘘なんて……」
シルヴィエは自分の行動に驚いていた。
別にシルヴィエは自分の身が縮んだことも隠してないし、まして今は大きい姿に戻っているはず。
だけど……。
「あら、お師匠様?」
「ひっ!」
その時、突然後ろからエリンに声をかけられて、シルヴィエは飛び上がりそうになった。
「どうしたんですか! おっきくなって!」
「そうだそうだ、鏡!」
エリンの言葉にシルヴィエは我に返ってバタバタと自室に向かった。
「あ……え……?」
そこには白銀の髪に紫の瞳の……若い女が立っていた。
シルヴィエはてっきり元の姿に戻ったものだと思っていたが、これはどうしたことだと顔に手をやってじっと鏡を見つめた。
まるで、元の年齢に戻る前に止まってしまったかのようだ。
「お師匠様、美人だったんですねぇ」
「エリン、これをどう思う?」
「元通りって訳ではありませんけど、今までより不便はないのでは?」
「そういうことじゃなくて……」
シルヴィエは考え込んだ。そもそもどうして幼女から大人の姿まで成長したのか。
「まさか……」
その直前にしたのは、ルーカスとレオンにお仕置きとして
「魔力を吸収したから、体が大きくなったのか」
「そうなんですか? 良かったですね。そしたら他の人の魔力を吸引し続ければ元の姿に戻るのでは?」
「なるほど……」
「それなら私の魔力を分けますよ」
「うむ」
一つ問題があるとすれば、
具体的には脱力感、眩暈、頭痛など。人によっては発熱を伴うこともある。
「申し出はありがたいが、やるなら休日にしよう。エリン」
「かしこまりました、お師匠様」
エリンが退出した後、シルヴィエはソファに座り、じっと自分の手を見た。
『貴女のような美しい方を俺は見たことがない。どうか名を。私は貴女に一目で心奪われてしまった』
ふいにユリウスの言葉が蘇る。
「ああーっ、もう! ない! ありえない!」
シルヴィエはバタバタと手足を振り回した。
通常、聖女は教会の聖堂の奥深くで、護国の祈りを捧げる。
外の人間と話すのは重病人や怪我人を癒やす時くらいで、魔王討伐の為に駆り出されたカレンのような存在は例外中の例外なのだ。
「落ち着け、落ち着け……」
しかもシルヴィエは引退後も館に引きこもって研究生活をしていた。
大好きな魔法や歴史学に埋もれて、パーティなどの華やかな催しはことごとく断って。
つまり……シルヴィエはカイにばあさんと呼ばれる歳になっても、まったく男性に免疫が無かったのだった。
「ま、まあすっかり元に戻ったらユリウスも目を覚ますだろ!」
シルヴィエはそう自分に言い聞かせ、その日を終えた。
「ふぁー……」
そして朝が来た。寝床の中でもユリウスの言葉を何度も反芻し、悶々と考え続けてしまったせいで寝不足だ。
「んっ?」
その時、シルヴィエは体に違和感を覚えた。ハッとして手を見ると、寝間着の中に埋もれている。
「まさかっ」
シルヴィエは転がるようにして姿見の前に立った。
「あーーーーっ!」
「どうしたんですお師匠様! ……あらー、また小さくなったんですね」
「どうして!」
「うーん、吸い取った魔力がもう切れたのでしょうか」
「そんなぁ……」
シルヴィエは心底がっかりした。
「お師匠様、がっかりしているところ申し訳ないのですが、王からの呼び出しです」
「へ……? あ、あー」
一瞬真顔になったシルヴィエだったが、昨日の自分のやらかしを思い出して納得した。
気は乗らないが王の呼び出しとなれば無視する訳にはいかない。
シルヴィエは重たい気持ちで朝食を摂った後、王城へと向かった。
「シルヴィエ殿、あの二人がやんちゃなのは分かるが……」
「申し訳ありません」
「手に負えないのなら、別の者に任せようと思うが、いかがか」
「それは……もう少し様子を見させてください」
王の言葉にシルヴィエは思わずそう答えていた。
別に特別に王子達の家庭教師をしたい訳ではない。
ただ、この身が変化したことで感じる無力感がシルヴィエにとっては堪らなく不快だったのだ。
だから投げ出したくない。あの悪ガキどものいいようになって堪るか、という気持ちがシルヴィエにはあった。
「それにしてもいつになったらシルヴィエ殿は元に戻るのだ?」
「えっ……あ、ただいま原因究明に努めております」
「そうか。ああ、別に急かしている訳ではないのだ。私もこの国の叡智の結晶である貴女が無事であったこと。それが一番だと思っている」
「かたじけないお言葉。必ず元に戻ります」
シルヴィエはそう答えて退出した。
「ふう……もっとキチンと調べ直さなければ」
王の間に続く廊下でシルヴィエはそう一人呟いた。
「……だから、リリーという女性を知らないかと」
その時だった。
昨夜なんども頭の中を駆け巡った声が聞こえた。
「いえ、そんな目立つ女性がいたら私が知らないはずありません」
「お前に聞いたのが間違いだった」
そこには側近と話しながら歩いているユリウスがいた。
シルヴィエは思わず廊下の柱の陰に隠れた。
「……あの人のことを思うと夜も眠れない。頼む、探し出してくれ」
「はぁ」
シルヴィエはそっと顔を出してユリウス達が立ち去るのを待った。
「……行ったか」
ほっとしてようやく物陰から出てきたシルヴィエだったが、どうしてユリウスから逃げてしまったのか、と唇を噛んだ。
「これが今のシルヴィエで、あの女も私だと言えばいいのに」
理屈ではそうだ。
だけど、なぜかそうしたくない。
シルヴィエは不可解なぞわぞわとした見知らぬ気持ちに囚われていた。
「自分がわからん……」
こんなことは長く生きてきた彼女にとっても初めてだった。
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