第2話 魔王討伐からの帰還

「どどど……どうして!?」


 シルヴィエの動揺は止まらない。なんとか考えをまとめようとウロウロと歩きだそうとしたが、その体には大きすぎるローブと、勝手の分からぬ体でバランスを失い転んでしまった。


「ぎゃんっ」

「大丈夫か!」


 すぐにカイが駆け寄って来て、シルヴィエはひょいっと抱き上げられた。


「とにかく……王城に帰ろう。話はそれからだ」

「それもそうだな」


 不本意ではあるが、いつまでも魔王城に居る訳にはいかない。

 無事に魔王を封印できたことを報告しなければならないし、カイの言い分はもっともである。

 シルヴィエはなんとか自分にそう言い聞かせ、仲間と共に王城に帰ることにした。




「……して、魔王封印には成功した、と」

「は、陛下」

「それは良かった。長いことご苦労であった、そなた達」


 王城の広間にて。カイを先頭に王討伐軍は王の前にひれ伏して報告をしていた……のだが。

 王の目はチラチラと彼らの後ろにいるシルヴィエに注がれていた。


「……で、勇者カイよ。そこの子供は一体……そしてシルヴィエ殿はどうした?」

「恐れながら、彼女が……そのシルヴィエでして」

「……は!?」

「魔王封印の影響か、詳細は不明ですが最後の戦いの最中に……こう……幼女に……」


 カイはつっかえつっかえ王にそう報告した。信じられないのも無理はない。こっちだって信じられないのだから。

 その時、とてとてととシルヴィエが前に出た。


「陛下、確かに私はシルヴィエ・リリエンクローンです。お約束通り帰還しました」

「その顔つきに口調……確かにシルヴィエ殿……?」

「ええ。少し見た目は変わってしまいましたが、確かに無事に帰還しました」

「うむ」

「きっとそのうちに元に戻ると思います」

「そうか……」


 こうしてなんとか王への謁見を済ませ、シルヴィエは王宮内の自宅にようやく帰ることが出来た。

 この小さな館にはシルヴィエの研究の全てが詰まっている。もう何十年も住まいにしている場所だ。


「ただいまっと、えい! えい!」


 なんとか高い位置にあるノブを回し、やたらと重たい扉を開いて中に入ると、すぐにパタパタと足音がする。


「お師匠様! お帰りで! ……あれ?」

「ここだよ、ここ」

「え? お師匠様? どうしちゃったんです?」

「……色々あってね。でも中身は変わってないからね」

「そうですか。ならいいです!」


 迎えに出て来たのは弟子兼世話係のエリン。

 姿の変わったシルヴィエを見ての反応から分かるとおり、彼女はちょっと変わり者である。

 そもそも気むずかしいところのあるシルヴィエと寝食を共にし、一緒に研究をするくらいなのだから推して知るべしなのだが。


「でも、小さい大きさのお召し物を揃えないとですね。手配します」

「よろしく」

「お疲れでしょう、お茶を淹れます」

「ああ」


 以前と変わらない様子のエリンにシルヴィエはほっとした。そしてようやく帰ってきた、という気分になった。


「帰路でのカイの様子ときたら……」


 カイは幼女となったシルヴィエに対して、やれ喉は渇かないか寒くはないかとまるで子供扱いだったのだ。


「ばばあ扱いも困ったものだけど……子供扱いはもっとひどい」


 シルヴィエがふうとため息を付いた。これから一体どうなってしまうのだろう。

 王にはああ言ったものの、元に戻るかどうかもわからない。

 その時エリンが湯気の立つお茶を持って現われた。

 

「お師匠様、無事で何よりでした」

「こんなんでもかい?」

「ええ、生きてまた会えたことがあたしは嬉しいので」


 ニコッと笑ったエリンの笑顔に、シルヴィエは救われる思いがした。


「一体お師匠様の体に何が起きたのでしょうね」

「そうだね、きっかけはやはり魔王封印したことだろうね」

「うーむ、ちょっと文献を当たってみましょうか」

「そうだね」


 それからシルヴィエとエリンは書庫に向かい、膝をつき合わせて大量の本をめくり続けた。体が小さくなったせいでページがやたらと大きくめくりにくくてイライラする。


「……ん!」

「どうしました」

「これかもしれん。ここを見て」


 シルヴィエはそう言ってとある本の一ページを指差した。


「ここにとある魔術師が術を使ったところ、身が縮んだとある」

「これですね!」

「ああ。何々、――日を置いて魔力が回復したら元に戻った……か」

「それならこのままでも大丈夫ですかね」

「ああ! はーっ、良かった」


 シルヴィエは光明が見えたことにほっとした。

 いずれ元に戻るのならば王子の家庭教師も問題無く務められる。


「エリン、王への伝達を頼む。予定通り家庭教師を務めると」

「はい!」

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