第16話 別の生き方
「すまんの、大した力になれなくて」
「いや、来た甲斐はあった。ヴェンデリン」
「儂の方でも引き続き魔王の封印紋のことについては調べておく」
「ああ。それまではこの体と付き合っておくか……」
シルヴィエが渋い顔で答えると、ヴェンデリンは顎髭を撫でながら口を開いた。
「そうだの。ただ……あまり思い詰めるな」
「え?」
「未完成でも魔王を封印する方法は今あるのだ。だから……その、その体で出来る事を楽しんでもいいんじゃないじゃろうか」
「意外だな。貴方からそんな言葉が出るなんて」
「……儂も色々考えることもあるのよ」
「そうか。……考慮しておく」
シルヴィエはその言葉に頷くと、ヴェンデリンの住処を後にした。
***
「はぁーっ、やっぱり我が家はいいですねー」
二日後、王宮のシルヴィエの館に帰ってきたエリンはそう言いながらソファにひっくり返った。
「随分楽しんでたように見えたけど」
「えー、そうですかぁ?」
「そんなに土産を買い込んで……」
「これは研究用の鉱石ですよー、お師匠様だって色々買ってたじゃないですか」
「これはだな……王子たちへだ」
シルヴィエは
「絶対なにか買って行った方がいいって! 俺も買うしさ。シルヴィエだけ何もなしじゃ恨まれるぞ」
「そんなもんかなぁ、カイ」
「そうだって!」
カイに強く言われて買ったそれは鉄製のからくり人形だった。兵士が槍を突き出すものと、馬に乗って揺れるもの。
ごく単純な構造のものだ。だが作りはしっかりしていてデザインも美しい。
フラン山岳地帯は良質な鉄鉱石が採れる。そういう所にはいい鍛冶屋が集まるものだ。
これらはその職人たちが手慰みで作って売っていたもの。
「ふふ、王子様たち喜んでくれるといいですね」
「あ、ああ……」
「さ、荷解の続きをしましょうか!」
「そうだな」
こうして一週間近くを費やしたシルヴィエたちの旅は終わった。
「うわーっ、カッコいい! ありがとうシルヴィエ先生!」
「ぼく、そっちの剣のほうがいい!」
「やだ、これはオレのだっ」
「うわわーん」
「こら喧嘩しない!」
シルヴィエの土産はルーカスとレオンに大層喜ばれたが、やっぱり取り合いが起こった。
「こんなこともあろうかと……もう一つずつある」
「やったー!」
「やれやれ……」
これもカイの助言だった。二つ違うものがあったら絶対に喧嘩すると。
そんなカイも二人に声をかける。
「ほら、二人とも俺からも土産があるぞ。剣術の稽古の為の剣だ」
「わぁ!」
ルーカスとレオンは目を輝かせて、カイに駆け寄った。
「すごーい、本物の剣だ!」
「ああ、だから扱いには気を付けろよ」
「「はーい」」
それは小ぶりな短剣だったが、子供の二人が持つと丁度いい大きさだった。
「危なくないか?」
まだこの二人に攻撃魔法の類いを教えるのに迷っているシルヴィエは、カイに小声でそう聞いた。
「大丈夫、刃は潰してある。本物の剣の重さを知っておいた方が上達が早いし、二人もそこはわきまえてるよ。もっと信用してやりなよ」
「ううむ……」
そう言われてしまってシルヴィエは唸った。
二人はカイに対しては「勇者」ということで絶大な信頼を寄せている。
「ユリウスの時はどうだったかな……」
その時は生徒が一人だったのもあったし、彼は素直だったのですんなり教えていた気がする。
なにより、こんな幼女の姿ではなかった。
「つまりは信頼関係か。……まだまだ未熟だな、私は」
「そんなことないよ。あの二人なりにシルヴィエのことは先生だって思ってるさ」
「だけど……」
「でも一個言うなら、昔の姿の時と同じ様にやっていたら上手く行かないかもしれないな」
「……」
シルヴィエはカイの思いがけない言葉にしばしポカンとして彼を見つめた。
「先生だから友達って訳にはいかないけど、ちょっとちっちゃなお姉ちゃんくらいでいいんだよ、きっと」
「……そうか」
「なんだよニヤニヤして」
「なんでもない。さ、二人とも! 授業をするよ!」
正直シルヴィエはこのイタズラ王子たちの相手をするのが苦痛だった。
だけどカイの言葉に少し気分が軽くなった気がした。
「先生、今日は何?」
「ルーカス、私は山岳地帯で鉱石を沢山買ってきた。それを使って錬金術をやってみないか」
「やってみたい!」
「せんせい、なにをつくるの?」
「……お前達に任せる。私は手伝うだけだ」
「「わーい」」
二人は喜んで机に座った。
その様子をカイは微笑みながら見守っていた。
その夜、シルヴィエは夢を見た。
いつも夢を見る時は元の老女の姿だったのに、この日は小さな幼女の姿だった。
『ママ……パパ……どこ』
『シルヴィエ、お前は今日からここで暮らすのだよ』
『嫌! おうちに帰りたい』
『聞き分けなさい。悪い子は神様から見放されてしまうよ』
ああ、これは今のシルヴィエではない。
かつて、本当に幼かったころのシルヴィエの夢だ。
ある日突然教会に連れてこられて、両親と引き離されて不安で毎日泣いていた頃のシルヴィエだった。
『……寂しい……村のみんなにも会いたいよ……わたし、ひとりぼっちになっちゃった』
そういってシルヴィエは幾日も泣き続けた。
『そんなことないよ』
『え?』
急に声がしてシルヴィエが顔を上げると、そこにはカイがいた。
『カイ……?』
『俺達がいるだろう』
シルヴィエが周りを見渡すと、カレンを始めとした魔王討伐軍のみんながいた。
『あたしもいます!』
そしてエリンも。その後ろにはユリウスが微笑んでいる。
『先生!』
ルーカスとレオンの姿もそこにあった。
『みんな……』
シルヴィエを取り囲む人々が、皆彼女を優しく見つめている。
『シルヴィエ、我々は孤独と研究を愛してきた。でも……違う生き方もあったのだろう、と儂はこの年になって考えるよ』
『ヴェンデリン……』
気が付くと、そこにはヴェンデリンまで居る。
「そうか……もう一人じゃないんだ……あの頃と違って……」
シルヴィエは自分の呟きで目を覚ました。
そしてその目に涙が溢れていることに気付く。
「……へんな夢」
シルヴィエはそう言って涙を拭った。
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