第15話

蝉の声が風に乗り、開かれた窓から入り込む。

 風で靡いたカーテンからは朝日が差し込み、眠っていた洸の顔を照らし起床を促した。

 眩しさに耐えきれなくなった洸はアラームが鳴る前に起き上がり、まだぼやけた視界のまま渇いた喉を潤す為に水を飲みに台所に向かう。



 水で喉を潤し終わると、徐に携帯を拾い上げる。

 画面には時間の表示とともにスケジュールの通知が一件表示されていた。


 『たこパ 10:30』


 今日は誠の提案により、たこパが開催される予定である。

 たこパ開催に乗り気はしない洸ではあるものの、律儀にスケジュールには入力していた。

 予定では近所のスーパーに集合しその流れで買い出しを行い、その後洸の家で開催らしい。

 

 現時刻は6時45分を少し回ったところ。


 早くに目が覚めてしまったが、準備の時間を考えると二度寝するには微妙な時間だ。

 まだ眠気が残る頭で少し悩んだが、シャワーを浴びて朝食を摂る事にした。


 休日なので普段よりゆっくりとした朝食を終えてから出掛ける支度を始め、終える頃にタイミングを測ったかの様に、聞き慣れた声とともに呼び鈴が鳴らされた。


「洸〜、準備出来てる〜?」


「あぁ丁度今終わったところ」


 ドアを開くと、黒いデニム生地のショートパンツと白いTシャツ、上からは淡い水色のカーディガンと普段の制服姿とは違った印象の結が立っていた。

 彼女に絡まれる様になってからそれなりに経つが、休日に出掛けるのは初めてで、寝間着姿を除けば私服姿を見るのも初めてだ。


 言動はアレだが、容姿は端麗なのできちんと着飾ると目を見張るものがあり、無意識に見入ってしまった。そんな洸の心情を知らず、「どうしたの?」と顔を覗き込むように声を掛けてきた仕草にドキりとしてしまう。


「・・・・・・いや、何でもない」


 家の鍵を閉めると、動揺を悟られぬよう「ほら、行くぞ」と素っ気なく声を掛け、待ち合わせのスーパーへと向かった。





「おはよう、天音君に暁月君」


 待ち合わせ時間より早めに着いたが、既に誠が待っており側には小柄な女性が一緒に待っていた。結と二人で挨拶を返し、小柄な女性へと視線を移す。多分事前に聞いていた誠の彼女だろう。


「初めまして。私は赤星あかぼし未来みくと申します。この度はお招き頂き有り難う御座います」


「ご、ご丁寧にどうも。天音洸です」


「洸ってば、緊張してるの〜?」


 凄く丁寧な自己紹介に洗練された所作でお辞儀をされ、慌ててお辞儀を返す洸を結が茶化してきた。

 緊張も多少はあるが、それ以前に未来に驚いている。背丈は150cmにも満たないだろうかという程に小柄で線もかなり細く体格だけで見れば幼く感じるが、丁寧言葉遣いや洗練された所作が同年とは思えなかった。更には、小さく整った顔に艶のあるロングヘアー、白を基調とした袖の長いワンピースに身を纏い、薄手の手袋までしており誰が見ても何処かのお嬢様と思ってしまう佇まいをしていた。

 

「結さん、茶化してはダメですよ?」


 「はーい」と返事をしているが、ニヤついた表情が未だに向けられいるが結の事は一旦無視し、本人には聞こえないように誠に近付き疑問を投げかけた。


「本当にお前の彼女か?」


「そうだぞ。言った通り素敵な女性だろう?」


 誠は胸を張りながら自慢気に応えているが、普段の言動を考えると到底信じられない。

 やはり何か弱みでも握っているのではないかと、疑いの視線を向けていると「未来にも聞いてみればいいではないか」と言われたしまった。


「私に何かご質問ですか?」


「天音君が僕と未来の関係を聞きたがっていてね」


「関係ですか?」


 初対面の人に関係性を問うのを躊躇っている洸を気に留めず、誠が答えた。

 質問の内容にちょとんとした表情を向ける未来に、何かに気が付いたのか結は笑い出した。


「洸、まだ疑ってたの?」


「疑うとはどういう?」

「事前に未来ちゃんが誠君の彼女って事を伝えてたんだけど、それが信じられなかったみたい」


「そういう事でしたか」


 結の発言で質問の意図を理解した未来が納得した様に頷いた。


「天音さん、私が誠さんとお付き合いしているのは事実ですよ」


 微笑みながら発せられた未来の言葉には、恥じらいも躊躇いもなくその一言で二人の関係は真実なんだろ理解したが、


「けれど天音さんが疑いたくなる気持ちはわかりますよ?」


と、疑いを向けられてる本人から同意の言葉が発せられるとは思ってもみなかった。

それは彼氏の誠も同じだったようで未来の言葉に驚いていた。


「未来、それってどういう・・・・・・」


「このまま外で話してても良いですが、目的の買い物を先に済ませましょう」


 微笑みを崩さず誠の言葉を遮った未来は、結を連れて先にスーパーへ入っていく。

 残された誠に少し同情の念を感じるが、掛ける言葉が見つからず「とりあえずいくか」と言って二人の後を追った。








「あぁーお腹すいたー」


「思った以上に時間が掛かってしまったな」


「誰の所為だと思ってるんだ」


 買い物を終えて洸の家に着く頃には、13時を過ぎていた。

 予定としては昼食を兼ねてのたこパだったはずが予定を大きく遅らせていた。

 無論、原因は結と誠の二人だ。

 結が普通のたこ焼きだけでなく変わり種やロシアンを作ろうと言い出し、それに乗っかった誠と二人で色々と食材を探していた所為で時間が掛かってしまった。


 途中急かすように声を掛けるが二人には届かず、未来に至っては「いつもの事ですので素直にお待ちしましょう」と落ち着いた様子で待ちの姿勢を見せていた。

 二人が食材を選び終える頃には買い物籠が食材でパンパンになっており、買い過ぎだと抗議をするが、余った食材はそのままくれるらしいので仕方なく受け入れる事にした。


「さて準備するか」


「では前回同様僕が調理を手伝おう」

 

「じゃあ私達はテーブルの方準備しておくね」


 男子組は野菜のカット等調理班、女子組は器材の準備と二手に分かれてたこパの準備を始める。

 相当仲が良いのだろう、女子組からは話の内容までは聞こえないが楽しそうな笑い声が響いている。

 男子組は手際良く食材を切り出していく。

 黙々と作業を進めていると、洸がふと疑問に思った事を問いかけてみた。


「赤星・・・・・・さんは」「未来の事は呼び捨てで大丈夫だぞ」


 何故お前がいうのかとツッコミたくなったが、これでも未来の彼氏なんだよなと思い、上がってきた言葉を飲み込む。


「じゃあ赤星は料理とかしないのか?」


「しない事はないがあまり刃物を使うのが得意ではないからな。それがどうした?」


「何となく彼女は女子力高そうだから聞いてみただけ」


「確かに女子力は高いな。だからと言って惚れるなよ?」


「それは無いから」


「ならいい」


 確かに容姿端麗なら相当モテるだろうが、立ち振る舞いがお嬢様気質な感じが自分には合わないと感じる。それに誠の彼女を奪おうと思う程に彼女を知らなければ、男としての矜持を捨ててる訳でもない。更に言うなれば、友達付き合いすらも避けているのに恋人など持っての他だ。


「それにしても、本当に切り出しは上手いな」


「刃物の扱いは任せるがいい」


 何だか物騒な会話になってしまったが、誠の包丁捌きは確かに上手い。

 その後も他愛もない雑談を交えながらたこ焼きのタネ作りを終えた。



 女子組も問題なく準備を終えている様でたこ焼きを焼き始め、一回目が出来上がった所で結が乾杯の音頭を取りたこパが始まった。


 最初は洸が無難に焼いていたが、結が焼いてみたいと言い出し任せてみるが、うまく生地を回す事が出来ず失敗。それを見ていた誠が「手本を見せてやろう」と言ったものの、5個に1個は失敗しており、それを見た結が笑い声を上げながら「失敗してる〜」と煽っていた。

 二人の掛け合いを微笑ましく見守っていた未来に、結が巻き込み焼かせてみると器用に片手で焼き上げた。


「これが未来の実力さ」


「何で誠君が威張ってるのさ」


「彼氏だからさ」


「それ関係ないじゃん」


「悔しかったら暁月君も上手に焼いて見せるのだな」


 その言葉に意地になった結が再びチャレンジするも失敗し、味はたこ焼きだが見た目が違う食べ物を量産していった。


 結のお陰?で当初多いと思っていた量が見見うちに消費されていき、参加者全員の腹が満たされていた。


「さすがにもう食べれなーい」


「僕も少し食べ過ぎたかな」


「私も美味しくて食べ過ぎてしまいました」


 結と誠は丸くなった自分のお腹を摩っているが、未来は上品に口を拭いている。


「確かに美味かったけど、暁月が作ったグミ入りだけは二度と食べたくないな」


「それは僕も同意だな。あれは作ってはダメな代物だ」


「あんなに不味いとはねー、私もびっくりだよー」


 笑っているが、結が作った変わり種は幾つかありその中で一番強烈なのがグミ入りだった。

 それ以外の変わり種の感想を話あっている中、未来が左腕を何度かさすっているのに気が付いた誠が問いかけた。


「未来、腕が痛むか?」


「いえ、大丈夫です。ただ今日は少し気温が高いので」


「暑いなら冷房入れるぞ」


 「頼む」と誠に言われ、換気の為に開けていた窓を閉めてから冷房を入れる。


「すまない天音君。それと未来は蒸れたのなら一度外そう。そのままで被れてしまっては困るだろう」


「それもそうですね。では失礼して」


「私も手伝うよ」と結が未来の左腕の裾を捲り上げると無機質な腕が現れた。

 二の腕辺りに幾つかのバンドが付いておりそれを全て外し終えると、肘の辺りから無機質な腕は外され、ほんのり赤くなった二の腕が現れた。


「やはり少し汗疹が出来てしまっているな、我慢するなといつも言っているだろう」


「我慢しているつもりはないのですけど」

「今濡れタオル持ってくるね」


「結さんもいつも有り難う」


 三人にとってはいつもの事なのだろう。しかし洸にとっては初めての出来事が目の前で行われており、如何して良いのか分からず戸惑っていると、それに気が付いた未来が気を遣って声を掛けてきた。


「驚かせてしまってすみません」


「あ、いや俺こそ何も出来ずすまない」


「ふふっ、話に聞いていた通りの方ですね」


「聞いてた通りって・・・・・・」「未来ちゃん濡れタオル持ってきたよ」


 「有り難う御座います」と結にお礼を告げてから濡れタオルを受け取ると左腕を拭き始めた。

 

「塗り薬は持ってきているか?」


「バックに入っています」


 「分かった」と頷いた誠は未来のバックから薬を取り出すと、タオルで拭き終わった左腕に塗布する。

 

「掻いてはダメだぞ」と心配そうに注意する誠に、「分かっています」と微笑み返す未来。

 そんな二人を見ていると本当に付き合っているんだなと、今更ながらに実感した。


「二人とも有り難う御座います。お礼次いでに片付けをお願いしても宜しいかしら?」


「任せて!じゃあ誠君やろっか」


「うむ」


「それなら俺も」


 洸が片付けを手伝おうとしたところで、未来から呼び止められた。


「天音さんは場所を提供して頂いているのですか、こちらで一緒にゆっくりしましょう」


 「じゃあお言葉に甘えて」と未来の向かい側に腰を下ろした。

 結と誠がキッチンに向かったので自然と部屋には未来と二人に。

 無言のまま片付けが終わるのを待っているのも居た堪れず、そわそわしてしまう洸を気遣って未来が話掛けてきた。


「何か気になる様でしたら、ご質問頂いても構いませんよ」


「なら、一つ聞いていいか?」


「何でしょう?」


「さっき言ってた、聞いてた通りって何だ?」


「・・・・・・」


 洸の質問に対し、豆鉄砲を食らった様に表情が固まり、やはり聞いてはいけなかった事なのだろうかと戸惑っていると、突然吹き出したように笑いだした。


「ふふ、本当に面白い方ですね」


「俺、なんか変な事聞いたか?」


「いえ、笑ってすみません。大抵の方々は最初にこの腕の事を聞いてくるので、それ以外の質問が来るとは思っていなくて」


「確かに義手を外した時は驚いたけど、物珍しさで聞く様な事じゃないだろ」


「本当にお優しい方なんですね」


「別にそんなんじゃないよ俺は」


 真正面からそう言われると、照れくさくなり未来から視線を逸らしてしまう。


「そんな事はないですよ。先程のご質問の答えと繋がりますが、あのお二人から天音さんが優しい方だと伺っています」


「あいつらに優しくした覚えはないんだが・・・・・・」


 振り返って考えてみても、いつも二人に巻き込まれて鬱陶しく思う事が多く、こちらから優しくした心辺りがない。寧ろ何を思って優しいと感じているのかが疑問に思えてくる。


「天音さんには心当たりがなくても、人は自分が思っている以上に周りから色んな所を見られているものなんですよ」

 

「そうは言っても本当に心辺りないんだが・・・・・・」


「それなら今日だって、二人が無理を言って参加させられたのではないですか?」


「そうだけど・・・・・・気が付いていたなら止めてくれよ」


「そんな事はしませんよ。それにそう言いながらも楽しくたこ焼き焼いてたではないですか」


 確かに嫌々で参加したたこパではあるものの、参加を後悔する程嫌かと言われればそんな事はない。寧ろ楽しかったと言えるだろう。


「自分が当たり前の様に行なってる事が、他者からしたら嬉しかった事や楽しかった事に繋がっていたら、その人達にとってはその行動が優しさに繋がる事もあるのです。例えば今日初めて天音さんとお会いしましたが、腕の事を気にせずお話しして頂けてるのは、私にとっては優しさに感じました」


「・・・・・・」


 洸はただ自分では想像も付かない苦労を、未来は経験してきたのだろうと思ってしまっただけだ。

 その苦労を初めてあった自分が触れて良いものではないし、自分にも触れて欲しくない事もある。

 誰しもが何かしら抱えている悩みを興味本位で触れるべきではないとも思っている。

 それに触れた結果、触れられた側も触れた側も今以上の苦しみを抱える結果になる事があるのを知っている。

 だからこそ、余計にそういった事に触れない様にしているだけだ。


「天音さんの真意は分かりませんが、そんな方だから結さんも誠さんも仲良くなりたいと思っているのです。勿論私も同じ気持ちですよ」


 真剣な表情で真っ直ぐ向けられた視線に、冗談やその場のノリで言ってる訳ではなく、本心で仲良くないたいと言ってくれているのが伝わってくる。

 まさか出会ったばかりの人にそんな事を言われると思わず、返答に詰まってしまう。

 けれどその誠意に対してはぐらかしたり、目を背けてはいけないと思った。


「・・・・・・ありがとう」


 ただ一言。

 そう呟いた。

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