第3話

 図らずも一人になってしまったので、少しずつでも今のこの現状を整理してみる事にした。

 自分の名前は勿論判っているし、年齢もどんな仕事をしているのかも判る。引越したばかりのアパートの周辺にあるいつか行ってみたいと思っていたオシャレなカフェも引越し初日に小さな犬に吠えられた家の位置も最寄りのコンビニも覚えている。


 どんな理由であの部屋に引越したんだっけ…


 俺一人なら以前住んでいたボロアパートで充分なはずなのに、新しいアパートは確か2LDKだったよな、結婚でもしたなら話は解るが、一人であの部屋は広すぎるし、特に住人トラブルも無かったはずだよな。


 頭の中で色々な事をグルグルと考えを巡らせてはみるものの確かな結論には至らないでいるし、そもそもなんで俺はあの女に付き添われてこの病室に居て、何やら判らない測定器みたいな物に繋がれているのか、今の俺にとっては一番知りたい情報がすっぽりと抜け落ちていて、全く状況が掴めないままだ。


 まさかいつだかに見たハリウッド映画みたいに国家規模の陰謀に巻き込まれているわけでは勿論ないにしても、意識や思考がハッキリしだした今になっても何も判らないままでいるのは気持ちのいいものではないので、少しでも何かしらの情報が欲しいところであるのに、一番の情報源であろう女がいつまで経っても病室に戻ってこない。


 気怠い体を少し左右によじってみても、少し錆のあるパイプ椅子が見えるだけでコレといった収穫もなく鼻に突き刺されたチューブと体の気怠さの所為でどうしても口呼吸は荒めになってしまうので、益々喉の渇きは酷くなりきっと俺のなかのチューニングは先程よりも狂った状態になっている事だろう。


 何か飲み物が欲しいのだが、今の状態では一人で用意する事は難しいので益々あの女には早急に病室に帰ってきて欲しいし、喉の渇きを潤してチューニングもバッチリ合わせてこの状況を説明してもらい、その話の流れで彼女の正体も明らかになればソレが一番いいのだろう。


 俺の意識が回復した事に涙するくらいなのだから、全くの赤の他人ではないのだろうし俺に対しての少なからずの好意もあるのだろう相手に対して、貴女は誰ですかなどと質問するのも可哀想な気もするので、なんとか話の流れの中を上手く漂ってあの女の情報を掬い取る事にしようなどと考えているのだが、一向に戻ってくる気配もないしカーテンの向こうには大きめの窓があるのだろう、カーテンは先程とは違ってオレンジ色に染まりはじめているから、きっと日が暮れだしている。


 俺は少し焦りを感じながら先程間近にせまってきた女の顔を思い出してみるのだか、どれだけ記憶を探ってみても彼女の面影を見つける事が出来ず、疲れの色を差し引いてみてもかなり綺麗な顔立ちをしていて、もし知り合いであるならば覚えていないわけはないし、なんならかなりタイプなのでそんな彼女が看病をしていてくれたのだと推測するならばいったいどんな関係なのであろうと益々頭の中で思考回路が混乱してしまう。


 頭の芯が熱くなってきたので、俺はフウッと息を吐いて、顔を少しカーテンの方に傾けた。

左右から引かれたカーテンにほんの少しだけ隙間を見つけてその向こうに見えるオレンジ色の窓の外の景色を感じてみると、少しすうっと肩の力が抜けた気がして、頭の芯の熱も少し和らいだ様に感じた。


 窓には鉄柵みたいな物はなさそうだからここは普通の病院で精神病棟みたいな場所でもないのであろうから俺は医師などからは狂っているとは判断されていないのだろうし、カーテン越しには他の患者の気配も何かを動かしたりする音もテレビの音なども聞こえてきたりしないから、きっとこの部屋は個室なのだろう。


 少しだけ隙間はあるにせよ、カーテンにかこまれていてまだ体の気怠さもあり鼻のチューブやら指先にも何か機械に挟まれているし、ベッドの脇には点滴も見えるからまだベッドから抜け出せない、今得られる情報は天井の染みの数とカーテンのよれたシワくらいのものだ。

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記憶の最果て @kojihayakawa

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