再会

 急な別れから年月が経ち、少女は『大人の姿』へ近づいていった。


 影法師の見立ては、概ね正しいものだったと言える。鏡に映る自身の顔を見るたびに、少女は影法師の事を思い出すようになっていた。

 化粧をうまくできたなら、『影法師が作った姿そのもの』になれたかもしれない。しかし彼女自身の手では、そこまでうまくはいかなかった。


 最近、この近辺に化粧をしてくれる化粧品売りが現れたという話を彼女は聞いた。


 ただ商品を売るのではなく、うまい使い方を教えるために実演をしてくれる。

 店こそ持ってはいないが化粧品以外も扱っていて、老若男女問わず装いの相談に乗ってくれるのだという。

 もしかしたら、その人に頼めば「あの顔」を再現できるのでは。そう考えて彼女は、化粧品売りの下を訪ねた。


 知り合いに聞いた通りの場所、そこに居たのは「うわさが本当なんだろう」と思わせる垢抜けた姿の男。

 化粧がうまくできないと事情を話せば、すぐにやってみせてくれた。渡された手鏡を覗いてみれば、そこにあったのはかつて見たあの顔。違和感のない、『影法師が作った姿』だった。


 郷愁からか、彼女の目に涙が溜まる。


「覚えていて、くれたんだな」

「えっ?」


 突然の言葉に振り向くと、男が自身の顔を拭い落とした。

 その下にあったのは、何も無い真っ黒な顔。今の自身と同じ、懐かしさを感じさせる顔。


「あなた、影法師!?」

「大きくなったな。俺も、見違えただろう?」


 顔を元に戻して、人と変わらぬ自身の姿を「どうだ?」と見せる。

 そうと言われなければ気付く事ができないほどに、精巧な業。触れた手に体温すら感じられた。


「お互い成長したってことだ。……本当ならこっちから会いに行くのが筋だと思ったんだが、お前の家が分からなかった」


 うわさが立つほど前には、この辺りに戻ってきていた。しかし影は少女の家を知らず、訪ねていくことができなかったのだ。


「こっちに戻ってきてようやく気がついたんだ。よく考えたら、遊びに来てもらうばかりでこっちから行ったことは無かったな、と」


 最後の日も、家の近くまでしか行っていない。

 だから、仕事をして会える機会を待ち続けていた。


「やりたかったことって、これ?」

「こういう商売がしたかったかって意味なら、少し違う」


 影法師は少女と別れてから、先生の伝手を頼って人の集まる都会へ行った。


 まずは影の中から大勢の人を見て、人に紛れ込めるようになるまで変化の腕を磨く。

 そうして何とか人前に出られるようになってからは、丁稚奉公のようなことを始めた。商売と、人の装いについて学ぶために。


「私に昔やってくれた『大人の姿』は、着物もお化粧も良かったのに」

「多少はな。だが、今ほどじゃない」


 昔からできた理由もある。

 影は、彼女に持たせた手鏡を指して言った。


「その鏡、何だか分かるか?」

「これ?」


 言われてまじまじと眺める。


「けっこう良いものみたいね。高かったでしょ」

「いいや、買ったものじゃないよ。……俺の正体さ」


 驚くようなことを告げられ、彼女は手鏡を落としてしまいそうになる。


「やるかな、と思っていたよ。そそっかしいというか、そういうところも相変わらずだな」


 足元から伸びた黒い手が、落ちそうになった鏡を受け止めた。

 万が一落ちたとしても、長く人と共にあり続けて力を持った物品だ。簡単に壊れる訳がない。


「大勢の女性の手を渡ってきた。特別にきれいな人も、それほどでもない人も、とにかく多くの顔を見てきた」


 手に持った自分自身を、懐かしむように撫でる。


「そんなこれまでから思うのは、『目を引く外見が引き寄せるのは良いものばかりではない』ってことだ」


 釣り合うだけのしたたかさがなければ、辛い思いをすることになる。


「お前が成長してそうなったかは、分からない。だが、こっちはそうなった時のために色々なことを身につけてきたんだ」


 姿を変える人の技を覚えてきた。世渡りだって多少は分かった。

 何かあっても、術に頼らず助けることもできるはずだ。


「だからこの鏡、使ってくれないか」


 再び彼女に、鏡を手渡す。

 これが言いたかった、これを言うために長い時間をかけた。


「昔とは違った形で、また側に居たいんだ」

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少女と影法師 LE-389 @LE389

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