第3話
後夜祭の締めであるキャンプファイヤーを囲んで、俺と那由多は並んで座っている。この時間ともなれば、参加者はグラウンドにさえいればどこで誰といても自由だし、何なら帰っても良いことになっている。だから真面目に参加する人間なんてほぼいないのだが、それでも出来るだけ人目につかないところで祭りの終わりを惜しみながら、ごうごうと燃える炎を見つめているというわけだ。
さすがにもうメイド服は脱いでしまったので、那由多も、俺と同じ指定ジャージとTシャツ姿である。那由多はこのTシャツがクラスで制作したものじゃないことに対してもまだぷりぷりと怒っていた。頬を丸く膨らませて「デザインに自信がないんだったら、俺が何か良い感じの写真とか撮ったのにさ」と、彼の怒りの炎もまた燃え続けているようだ。
「そんなにクラス全員とお揃いが良かったのか?」
「クラス全員とお揃いが良いって言い方は何か違うんだけどさ。なんて言うの? やっぱこう……一体感、みたいなさぁ。そういうので、クラス一丸となって頑張ろう! みたいなのがあるじゃん」
「成る程、一理ある」
と言って、顔を近付け、音もなく唇を重ねる。突然のことに那由多はかなり驚いた顔をして辺りを見回した。
「馬鹿! こんなところで!」
「大丈夫だ。皆向こう見てる」
「かもしれないけど!」
「まぁ落ち着け」
「落ち着いてられるかぁっ!」
「騒いだ方が注目を浴びるぞ?」
ひそひそ声ではあるものの、しっかりと怒気をはらませたトーンで抗議する那由多の手を取る。
「なぁ、俺としては、三十数名と揃いのTシャツよりも、二人だけのお揃いがあっても良いと思うんだが?」
「え」
「どう思う」
「どう思うって言われても。だって、皆には秘密だし」
「見えないところなら問題ない」
「見えないところ?」
こて、と首を傾げる那由多に向かって、ジャージの裾を捲る。全国への切符をもたらしてくれた勝利のミサンガがそこにある。水色と白の糸で編まれた『村井南雲』の文字。試合中はハイソックスの下に隠しているが、いまはくるぶしが見える短い靴下だ。
着けててくれたんだ、とぽつりと嬉しそうに唇を噛む那由多の目の前に、ぷらん、とポケットから取り出した水色と白のそれを差し出す。まるでベタな催眠術師が持つ五円玉のようにそれが左右に揺れるのを、必死に目で追う那由多が可愛い。
「何これ……もしかして」
「編んだ」
「村ちゃんが?」
「おう」
「見ろ、ちゃんと名前もあるぞ」
「わ、ほんとだ。嘘でしょ、俺より上手いんだけど」
むっかつくなぁ、と言いながら、ぐし、と瞼を擦る。どうした、煙でも目に沁みたか。
「受け取ってくれるか?」
「当たり前じゃん。受け取らない選択肢があるとでも思ってたの?」
「わはは。万に一つもないと思ってた!」
口は少々悪いが、気持ちは優しい那由多のことだ。絶対に受け取ってくれるとは思っていた。
喜んでもらえて何よりだと目を細めていると、ミサンガを色んな角度から嬉しそうに眺めていた那由多が、それを、ずい、と俺につき返してきた。もしや急に気が変わったのかと、内心ドキリとしていると、右足もまた俺の方へと向け、ジャージの裾を捲り出した。
「やって」
「んお?」
「村ちゃんが結んで。俺、身体硬いから無理」
どんなに身体が硬くとも、靴紐を自分で結べる人間が、足首にミサンガを巻けないことはないと思うのだが。そう思ったが、それをそのまま言ったらきっと彼はまた口を尖らせて拗ねてしまうだろう。
そんなところももちろん可愛いのだが、俺は、可愛い恋人が嫌がることも、困らせることもしたくないのである。
だから。
「仰せのままに、お嬢様」
喫茶店の時とは逆の立場で、恭しく頭を垂れ、俺の腕よりも細い足首に揃いのミサンガを結んでやった。
ちらりと盗み見た那由多の顔が赤かったのは、キャンプファイヤーのせいだということにしてやろう。
可愛い。
もうひたすら可愛い。
どうだ、可愛いだろ、俺のハムスターは。
そんなこんなで!③~あの子がメイド服に着替えたら~ 宇部 松清 @NiKaNa_DaDa
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