エピローグ

「前言撤回だこのバカアホ娘!」


 ギイの声がサジーとマニシャの部屋に響いた。

 それというもの、部屋に戻ってすぐに、ヨモが大切な約束を思い出したのだ。

 一週間で戻るという、姉のササラとの約束だ。それも、婚礼衣装に刺繍をするという大事な役目のために。


「片道四日かかるのに一週間で戻れるわけないだろアホか! なんでそんな約束してきてんだよ!」


「だってほら、雰囲気的に断れないっていうか、お姉ちゃんも私もちょっと気分が乗っちゃって」


「乗っちゃってじゃねえんだよ! ササラには世話になってるし、俺っちもなんとかしたいけどよう」


「すごく急いだらなんとかならないかな? 最近そんなショウセツも修繕したよ。親友が処刑されないように、約束の時間に戻るために走る話」


「お前、ショウセツは作りものだって言ってたよなあ」


 ボタンの目でにらまれて、ヨモは小さくなって黙り込んでしまった。

 そこに、マニシャが立ち上がって羽織を用意しはじめた。

 

「僕が呼び出してしまったのが理由だし、ヨモにはたくさん助けてもらった。急いで馬を借りてあげよう。僕と一緒に乗るといいよ」


 そう言ってマニシャは、混沌の額に口づけをすると、さっさと土間へと向かった。


「僕と混沌で待ってるから、ゆっくり行ってくるといいよ。お二人さん! ……とあと一体居たんだっけ」


 サジーのからかうような言葉に、ギイが軽く歯をむいて見せる。

 とはいえ、マニシャとヨモと一緒に旅が出来るとあって、ギイも上機嫌に回りながら土間へと向かう。

 突然の展開に、ぼうっとしていたヨモは、やっとそこでマニシャとギイの後を追った。

 背後で、混沌とサジーが揃って手を振っていた。


 

 

 マニシャが馬の手綱たづなを握り、ヨモはマニシャの前、腕の間に収まるようにして座る。

 ギイは馬の尻にちょこんと座ってみたり、飛んでみたりと、自由にしている。

 夜の道を、馬はびゅんびゅんと速く駆けた。

 馬は特別に速く走れるような、スパイク蹄鉄を履いている。馬を借りる際にはずいぶんと支払ったようだけれど、これで一晩のうちに元の街に帰れるだろう。


 遠ざかる運河の街を思いながら、ヨモは考えていた。


 まだ、現世界の謎は解かれていない。

 マニシャが疑うとおり、党首が何かを隠そうとしてるのは、間違いないと思える。

 コトバの修繕を通じて、党首によって隠された現世界の秘密にどれだけ迫れるだろうか。

 ヨモ一人で、そんなことが出来るだろうか。

 それに、さらに強い魅力と引力を持ったショウセツが、ヨモを惑わせることもあるかもしれない。

 それでも、現世界に住むすべてのヒトとワタモノの幸せのために、コトバ修繕士として出来るだけのことをしていかなければいけない。もしコトバとたたかうことになっても。

 婚礼をひかえた、姉のササラに、ワタモノのフラーファ。

 マニシャから生まれた子ども、混沌。

 みんなの未来に、言い知れぬ不安のらないように。

 そして、旧世界のように、現世界がなくならないように……。


「どうしたのヨモ、そんなに固くなって。馬が速すぎる?」

 

 マニシャの優しい声が、つむじの上からふってきた。

 無意識に、ヨモはマニシャの袖を強くつかんでいたらしい。


「ううん、大丈夫。馬は全然怖くない。ただちょっと……」


「ちょっと?」


「これから先、考えることと、やることが沢山あるなって思って」


 そう言った瞬間、マニシャの左の手がヨモの体にまわされた。

 つむじに、そっと唇が押し付けられる気配がある。


「マ、マニシャ?」


「大丈夫だよ、のおまじない。それに、ヨモならきっとやれる。僕もいつだって手伝うし、そうだな、また修繕士の仕事を、見習いからやり直してもいいな。混沌をつれて、懐かしいあの街で」


 そう言って、マニシャが指す先の、丘の向こうにヨモの住む街がある。

 その空が薄く、明るみはじめていた。


「いつでも、待ってる」


 ヨモが言うと、ヨモを抱きしめるマニシャの腕が、ぎゅっと強くなった。

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コトバ修繕士ヨモは相棒霊獣ギイくんを見返したい 髙 文緒 @tkfmio_ikura

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