第18話 ショウセツは、『嘘』

「つまりね、この街に向けて出発する前、私が手伝っていたロンブンがあるわけ、覚えてる? あ、水引餅うどんこっちでーす!」


 運河の街の菜館レストランで、ヨモたち一行は晩の食事をとっていた。

 羊肉の燻製くんせいにかじりつきながら、ヨモが語りを続ける。

 あいまに手を上げて店員を呼ぶので、食べて喋って動いてとせわしない。


「ちょっとは落ち着けよ恥ずかしい」


 中身の綿も乾いてすっかり身軽になったギイが、卓にしがみついて浮いている。黒と白のボタンの目が、卓のふちからのぞいていた。


「ヨモさん、見た目よりもすごく食べますね……支払いが大変だ」


 サジーが本心から困っている様子で呟く。それでもヨモを止めないのは、ヨモの話の先が気になるからだろう。

 マニシャは無言で酒を飲み、混沌はスープをすすっている。


「んんー! むちむちして美味しい! 肉のうまみたっぷりのスープと一緒に食べると……あふぅい、おいひいー! って、いひゃい!」


「ヒトの金でずっと食ってんだからちゃんと話すことは話せ!」


 ヨモの後頭部をどつきながらギイが言った。

 勢いで口から麺がつるんと跳ねて、その汁が卓にはねる。

 ヨモは口の周りの汁を手巾ハンカチでぬぐってから、コホン、と咳をして箸を置いた。ちなみに手巾ハンカチはマニシャの家から借りてきたものだ。


「ワタモノもヒトも喋るし考える。違いってどこにあるんだろうって考えたことがあるの。婚姻を控えているワタモノにだって出会ったんだから。それで、見つけた違いがあるの。ワタモノは食べないけど、私たちはものを食べる、これが違い。じゃあ、それは何でだと思う?」


 卓に座る三人と一体の顔を順々に見て、ヨモが言う。

 一瞬の間があって、マニシャがこたえた。


「体の作りが違うからだろうね」


「そのとおり!」


 ヨモがマニシャを串で指そうとして、「行儀がわるい!」とギイに止められる。


「まったく、子どもの頃からずっと注意してんのに、直りゃしねえんだ」


「ごめんって」


 そう言ってギイの頭をなでたヨモは、咳払いをひとつして、話の続きに入った。


「私が手伝っていたのは珪素けいそに関するロンブン。珪素けいそ子ども石セキエイにも含まれているから、気になる内容だなあと思った。さて、ちなみに、旧世界のヒトは、なにを構成成分にしているか分かる?」


 卓を囲むそれぞれの者がそれぞれの理由で沈黙して、物を噛む音と箸を動かす音だけがあった。

 

「炭素だろう。それは旧世界でも現世界でも一緒のはずだ」


 またもマニシャが答えて、ヨモは満足げにうなずいた。


「そう水を除けば炭素原子が半分を占めている。炭素生物って呼んでもいいくらい。私たちを構成している主な原子はなんだろう? 旧世界のヒトと同じ食べ物を食べているあたり、おおきく組成そせいは変らないと思う。 でも現世界のヒトはもともとみんなもっと珪素生物けいそせいぶつに近かったんだと思うの。子ども石セキエイを生やすとき、私たちは、珪素生物けいそせいぶつに近づいている。どうして私たちが炭素生物と珪素生物を行き来するのか、それはまだ分からない。でも生まれついての炭素生物である旧世界のヒトを真似する必要はない。特に生殖と婚姻においてはね。サジーとマニシャの一族は、現世界のヒトの原始の特徴を、残しているだけなんだと思う」


「それを僕がタミュンに伝えて……伝わるかな?」


「伝えるんだよ!」


 どん、と卓を叩いて、ヨモが立ち上がった。

 呆気にとられるサジーを前に、ヨモは串の肉を振り上げて朗々ろうろうと語りだした。

 

「ショウセツを作る! 例えばそう、こんなのはどう?


 ……むかしむかし、私たちは牛が飲み込んだ透明な石でした。牛のお腹のなかで、一番かたい石だった私たちは、他の石が砕けるなか、完全な形で『ここ』にたどり着けました。どこから来たのかは分かりません。月かもしれません。

 『ここ』は始め寂しい場所でした。一度はだれも住めなくなった場所で、かたい石の私たちは進化しました。石からヒトになったのです。はじめのうちは石が石を生やしていたのが、ヒトが石を生やすようになりました。そのうち、むかしむかしよりさらにむかしに住んでいたヒトみたいに、女だけが石を生やすように変わりました。

 でも、変わる前の特徴を残しているヒトもいるのです。それが、あなたの素敵なお相手、サジーです。サジーから石が生えるのは、恐ろしい呪いなんかじゃないのです。


 どう? 分かりやすいでしょ! あんむ! おいひ!」


 仕上げに串の肉にかぶりついてから、ヨモは満足げに着席した。

 サジーははしを持ったままヨモの顔をじっと見て、呆けた顔をしていた。

 ギイは「牛? 月?」と目を白黒させている。

 混沌は、もっと聞きたいというように目を輝かせている。

 そしてマニシャが、くっくっと肩を震わせていたかと思うと、手を叩いて笑い声をあげた。


「あっはは! うまいショウセツだね。なんだっけ? ショウセツは、『嘘』。本当みたいで、夢中になれて、信じた方が楽になることもある嘘。そう言っていたよねヨモ。コトバ修繕士でもあるけど、もしかして、詐欺士の才能もあるんじゃない?」

 

「マニシャってもしかして、笑い上戸だったりするの? 水パイプでもお酒でも、とりあえず酔っ払ってるときは笑うよね」


「だって、ハハ! ヨモは本当に面白いから! それに……、僕たちを助けてくれた」


 急に真顔になって酒器を置くと、マニシャは言葉を続けた。


「僕は、Nyarlathotepナイアーラトテップという不思議な力のあるショウセツに魅了されて、事実と事実でない部分を分けて考えられなくなっていた。全部つながってしまっていたんだよ、その伸ばされた水引餅うどんみたいにね。サジーは呪われた一族だっていう自分への呪いを解いて、タミュンにもう一度近づく勇気をもらった。……そうだよね、サジー?」

 

「う、うん。うまく説明出来るか分からないけど、なんていうか、伝えやすくするために詐欺も必要だなって思った」


「詐欺じゃなーい! ショウセツ!」


 串をふりあげてヨモが大声で訂正する。ギイが綿の手でヨモも口をふさぐ。

 それを見て、混沌が小さく笑って言う。


「ショウセツ……面白いね」


 混沌の言葉に、座の全員がほっとしたように息を吐く。

 笑顔のまま混沌が饅頭マントウに手を伸ばすので、ヨモは向かいの席からそれを取って渡した。

 

「ありがとー、ヨモおねえちゃん」


 混沌の顔は、驚くほど柔らかな印象に変化していた。


「お礼を言われるほどのことはしてないよ。マニシャは優しいから、ずっと一人で苦しんできたでしょ? マニシャの優しさのおかげで、混沌は石からヒトになれた。それって凄いことだよ。マニシャの優しさが分かるから、私もがんばれたんだもん」


 ヨモが言うと、マニシャが酒で血色のよくなった頬を、さらに赤くした。


「おーあっついあっつい! っていうか、もうヨモのこと、バカ娘って呼べねえなあ。大したコトバ修繕士だ」


 ギイが感心したように言って、長い首をふにゃんと折って、うなずいてみせた。

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