巨人をお姫様抱っこする物語
清水らくは
巨人をお姫様抱っこする物語
巨人族にだけ伝わる話なので、あなたがこの物語を聞くのはおそらく初めてであろう。
語るべき男の名をリックレ・ゲナという。若い頃から戦争に参加し、多くの功績を上げた。体は屈強だが、頭も冴える。顔はとても精悍というわけではなく、どちらかというと優しそうであった。
彼は強かったが、突出していたわけではない。そしてある戦争で味方がこっぴどく負け、兵たちが散り散りになって逃げる事態となった。気が付くと彼は森の中で一人きりだった。雨が降っている。彼はついには、倒れ込んでしまった。
彼が幸運だったのは、他のものより少し遠くまで逃げていたことだった。動かなくなった彼を一人の男が見つけた。彼を少し観察した後、ひょいと肩に担ぎあげた。その者は巨人だったのである。
こうして男は、巨人族に助けられた。伝承でしか知られていない彼らは、人間たちと離れて暮らしていた。大きく強く、とても心の清らかな者たちだった。目覚めたリックレに対して、このように伝えた。
「お前が望むならば、住むところも食料も与えよう。しかし、決してこの村を出ることは許されない」
人間との争いを避けるため、彼らは人間に知られずに生きる道を選んでいた。リックレは男たちの様子を見た。皆、自分の二倍ほど背が高い。逃げたところを見つかれば自分より速く走って追いつくだろうし、自分より強い力でねじ伏せてくるだろう。
「わかった。決してこの村を出ない」
故郷に未練がないわけではなかったが、リックレは巨人の村で生きていくことを決めた。
彼女を初めて見た時、リックレは固唾をのんだ。巨人の女、ロア・ディフテ・ギガテスである。ロアもやはり、リックレの二倍ほどの背丈があった。大きな目、サラサラの銀髪、薄い唇。そして、筋肉の引き締まった腕や足。すべてが美しい、とリックレは思った。
彼は、ロアに会うと赤面した。最初は崇拝のような気持ちでもあった。彼にとって巨人たちは神のように、自分とは全く違う存在なのである。しかし次第に、気持ちは変わっていった。彼は、それを自覚するようになった。
巨人族にとってもロアは美しいようで、彼女と結婚したがっている男は複数いた。しかし、ロアが好きな男はいなかった。ロアは言い寄ってくる男に対して、こう言ったのである。「私はまだ、森の中で猪を追いかけていたいの」
巨人たちは猪を狩るのが得意だった。素手で打ち倒して、そのまま抱えて持って帰るのである。リックレもまた、猪を追いかけることにした。彼は武器を使った。そのため、巨人たちよりもうまく猪を捕まえることができた。
ある日リックレは、捕まえた猪を持ってロアの前に現れた。
「俺はいつでも猪を狩ることができる。君が望めば何匹でも捕まえよう。君が捕まえるのも手伝おう」
ロアは最初笑ったが、次第にリックレが本気なのだと気が付いた。
「困ったわ。あなたがその気ならば、しなければならないことがあるもの」
「それはなんだ」
「両腕で私を抱きかかえるのよ。その力を、皆に示すの」
「試してもいいか」
ロアは頷いた。
リックレはいっぱいに腕を伸ばしてロアの脚と腰に手をかけた。しかし彼女を持ち上げることはできなかった。とても人間に持ち上げられる重さではなかったのである。
「ごめんなさい。あなたが嫌いなわけではないわ」
「俺は絶対に成し遂げてみせる」
リックレは強い視線でロアを見上げた。
その日から彼は、鍛錬に鍛錬を重ねた。猪を持ち上げ、二匹同時に持ち上げ、岩を持ち上げた。巨人たちは最初、彼が目的を達成できるとは思わずに笑っていた。しかし誰も、制する必要があるとも思わなかった。それほど、掟は重要だったのである。いざとなれば妻を抱いて逃げなければならない。それができない者には、結婚する資格がないのだ。
ロアは、リックレが諦めるだろうと思っていた。小さきものの中に、大きな意志があるとは思わなかったのである。しかしリックレは決して鍛錬をやめなかった。それを見ているうちに、ロアの気持ちも変わっていった。
「私も成し遂げねばならない」
そう言うと彼女は、食べ物を断ったのである。
ロアは日に日に痩せていった。周囲は心配してやめるように言ったが、彼女は決して言うことを聞かなかった。
リックレは、どうしても成し遂げねばならないと決意し直した。ロアは自らのために軽くなろうとしている。命の危機も感じられる状況だ。彼女を抱き上げて、抱きしめねばならない。
「私は、ロア・ディフテ・ギガテスを幸せにする!」
ある日、そう叫ぶとリックレは渾身の力でロアを抱き上げた。地面からわずかばかりしか持ち上がっていなかったが、誰も異議は唱えなかった。
「そんなことで、私を抱いて逃げられますか?」
ロアは微笑みながら聞いた。
「してみせるさ。だが、まずは自分の足で逃げられるよう、元気になろう」
リックレは仕留めた猪を担いできた。人々が集まってきて、祝宴が始まった。
巨人族の間では、「小さき人」は、「努力する者」という意味を持つ。おそらくは、この物語が由来であろう。
巨人をお姫様抱っこする物語 清水らくは @shimizurakuha
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
日記を書いてみたい人の日記/清水らくは
★54 エッセイ・ノンフィクション 連載中 210話
将棋のゾーン(将棋エッセイ)/清水らくは
★42 エッセイ・ノンフィクション 連載中 78話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます