ミケ支店長の企業秘密について。
今日も今日とて、猫のお菓子屋さん支店は、ひらがなのくまぱんちゃんことウルスス・マリティムス支店長代理のワンオペ営業です。
店長のミケちゃんがおうちでお昼寝三昧で、お店に出てこないからだと思うでしょ? ところがどっこい、ミケちゃんは毎日ちゃんと出勤しています。
だったら、どうして、くまぱんちゃんがひとりで、てんてこ舞いしているのか。
それはですね。ミケちゃんは出勤すると、すぐに奥の小部屋に引きこもって、ずっと出てこないからなのです。ドアには『仕事中お静かに』の大きな貼り紙。
はじめのうちは、くまぱんちゃんもお店のポスターとかお知らせとかを描いているんだろうなと好意的に解釈していましたが、三日経っても四日経っても新しいポスターができるようすはありません。
きっと小部屋でお昼寝してサボってるんだ、ぼくだけ働かせてズルイと、くまぱんちゃんは腹が立ってきました。それで、文句を言いに小部屋に行くと、意外や意外。ミケちゃんはブツブツ呟きながら何やらPCに打ち込んでいます。
「ミケちゃん、何書いているのか知らないけど、ちょっとはお店を手伝ってよ」
「今、忙しいから」
「忙しいって、お店だって、忙しいよ」
「お店はしばらく、くまぱんちゃんに全部任せたから」
「全部って? そんなこと言われても困るよ。ミケちゃんは支店長でしょ。無責任だよ」
無責任という言葉に、ミケちゃんはムッとしました。
「くまぱんちゃん、いえ、支店長代理、よく聞きなさい。あたしはね、支店長としてこの生き詰まり状況を打破しようと、連日連夜こうして頭を悩ませているんだから」
「……生き詰まり状況って?」
「『猫のお菓子屋さん』に関してよ」
それは、くまぱんちゃんも、うっすらと思っていました。
先代のカタカナのクマパンちゃん—— ひらがなのくまぱんちゃんの
しかし、最近はそれほどでもなく…… どんなに忙しくても、ひらがなのくまぱんちゃんひとりでお店の切り盛りは全然OKな状態です。というか、ぶっちゃけ、昔日の勢いはどこへやら。その
商売上手を見込まれて、日替わりお当番から支店長に抜擢されたミケちゃんとしては、
それで何とかしてこの状況を打破しようと、秘策を練っているらしいのです。
「ふーん。それで、どんな?」
「それは企業秘密です。支店長代理ごとき下っ端には、お教えできません」
ミケちゃんはパワハラともつかない発言をして、くまぱんちゃんを部屋から追い出しました。
それから、また一週間が経ちました。でも、相変わらずミケちゃんは小部屋に引きこもったまま、お店には出てきません。
ドアの貼り紙も『仕事中お静かに』の上にさらにもう一枚『覗くな危険』の貼り紙が増えていました。
くまぱんちゃんがドアに耳を付けて聞き耳を立てると、ミケちゃんはやっぱりブツブツ言いながらPCと格闘している
いったいミケちゃんは何をそんなに熱心に作業しているのか—— くまぱんちゃんは知りたくてたまりません。きっと、くまパンちゃんに関してのことだからです。
一週間前、小部屋に入ったときにチラッと目に入ったPCのファイルには「ウルスス・マリティムス」とくまぱんちゃんの本名が大きく書いてありました。すぐにミケちゃんがそのファイルを閉じてしまったのでそれ以上はわかりません。くまぱんちゃんの秘密や失敗をあれやこれや暴露して、おもしろおかしく書いてあったらどうしましょう。なんせ、くまぱんちゃんのことは何でも知ってるミケちゃんですからね。
だけど、ミケちゃんが「企業秘密」と宣言している以上、ストレートに見せてと頼むわけにはいきません。無理に聞き出そうとすれば、機嫌を損ねるのは確実。そうなれば厄介です。それこそ危険極まりないことになってしまいます。今は大したことは書いてなくても、
見れないとわかると、余計に知りたくなるのは人間もくまも同じ。くまぱんちゃんはどうにも我慢ができなくなり、一計を案じました。ミケちゃんにお菓子の試作品を持って行くことにしたのです。いくら、くまぱんちゃんに全面委任したとはいえ、ミケちゃんが支店長であることには変わりありません。試作品のお伺いを立てるのは当然です。それでミケちゃんがお菓子の試食や評価をしているうちに、こっそり覗こうという作戦です。
くまぱんちゃんはいろんなお菓子を目一杯山盛りにしたトレイを持って、小部屋のドアをノックしました。返事はありません。もう一度ノックしました。やはり返事はありません。部屋の中はし〜んと静まり返っています。
お手洗いか、気分転換の散歩にでも行っているのかもしれないと思い、くまぱんちゃんはドアを開けました。小部屋の中を見たとたん、「うわっ」と叫びそうになりました。いないと思ったミケちゃんがいたからです。
でも、ミケちゃんはスヤスヤグッスリお昼寝の真っ最中。お菓子を持って入ってきたくまぱんちゃんにも気が付きません。
ミケちゃんの前のPCには例のファイルが開いたまま。覗き見するにはまたとないチャンスです。
くまぱんちゃんはミケちゃんを起こさないように、そろそろと近付きました。
身を乗り出してファイルを見ようとした瞬間、ミケちゃんはパチっと目を開け、地獄の底から響いてきたような声で言いました。
「みたなぁ〜」
「うわっ」
くまぱんちゃんは今度は本当に叫び声をあげ、持っていたお菓子を勢い良く放り投げました。山盛りのお菓子は全部くまぱんちゃんの上にドドドッと落ちてきて、最後にトレイが頭にゴツン。
「イテッ!」
お菓子の中にはゼリーやアイスキャンデー、きなこやお砂糖をまぶしたものがたくさん混じっていましたから、くまぱんちゃんは何とも哀れな姿になりました。美味しそうではありますけれど。
「『覗くな危険』って貼り紙がしてあったでしょ、支店長代理」
「それはそうだけど。ぼくはただ試作品を……」
くまぱんちゃんが顔に付いたお菓子のかけらを舐めながら言い訳しようとすると、ミケちゃんはノートPCを持って立ち上がりました。
「あたし、お店番しながら続きの作業をするから、くまぱんちゃんはこの部屋を掃除しといてちょうだい」
「えっ?」
「後始末はしてもらわなきゃ」
「だって、ただ試作品の相談を……」
「三毛猫に、くまの言い訳など通用しない!」
ミケちゃんはお店に行きかけて、ふと立ち止まりました。
「支店長代理。このお菓子の代金はお給金から引いておきますからね」
お給金をたくさん貰っても使う暇がないのが悩みのくまぱんちゃんにとっては、痛くも痒くもありません。(水玉としては、こんな贅沢な悩みを持つくまぱんちゃんに殺意さえ湧きますが)
ミケちゃんはニヤリと笑いました。
「それと、くまぱんちゃん、良いアイデアをありがとう。そのアイデア料はボーナスとして支給しますからね」
「えっ?! いいよ、そんなの、ぼく辞退します」
くまぱんちゃんは首を横に降りました。お菓子のかけらが飛び散ってお掃除の範囲が拡大します。
「それより良いアイデアって…… な、なに書くつもりなの、ミケ支店長」
「フフフ。完成してからのお楽しみ」
そんじょそこらのオバケより怖いミケちゃんの笑顔に、くまぱんちゃんは背筋がぞぉ〜っと凍り付きました。
あっ、そうだ、そうだ。肝心のお菓子のこと。
猫のお菓子屋さん支店では「オバケのお菓子特集」継続中です。
今月のオバケのお菓子はボンボンショコラの一口アイス。
食べてみるまで、中に何が入っているのかわからない。
甘いか、辛いか、しょっぱいか。
どれか一つに、ほんとにオバケが入っていることがあるかもしれない。
ゾクゾクしながら、お召し上がりください。
あと、企業秘密の公開はいつになるやらわかりません。
まあね。気まぐれな猫のことですからね。まだまだ先。ずーっと先。きっと、忘れたころだと思います。
「それでも、もし良かったら、楽しみに待っていてください」とは、ミケ支店長からの伝言です。
支店 猫のお菓子屋さん 水玉猫 @mizutamaneko
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。支店 猫のお菓子屋さんの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます