第23話 最高の一発

 ヤウクの脳内は、人間が持てる全ての負の感情がマグマの様に煮えたぎっている。計測を使い続けていると俺の心が持っていかれそうだ。

「ッッああ゛!!」

「くっ!」

 サイドキックが俺の頬を掠める。振り向きざまの肘鉄、ジャブ、どれもが威力五割り増しになっている。背中を向けて走り出したい衝動に駆られるが、俺のスキルの特性上相手を視認する必要があるため気合で耐えるしかない。

「い゛っ…」

 パンチが俺の左耳を切り裂いた。同じ人間とは思えない。デレクさんの剛腕を相手に鍛えた俺の間に合わせの気合は、どこまで通用するだろうか。


 ――ジャブに見せかけ左腕を掴む。


 大きくバックステップし躱した。

「おっと!」

「小癪なァ!!」

 掴まれるのは非常にまずい。一度そうされたら回避が出来ないからだが、どうやら彼もそれに思い至ったようだ。しかし、彼の戦い方は打撃がメインで投げ技を得意としているようには思えない。むしろそうしてもらった方が回避はしやすいかもしれない。

 が、このまま逃げているだけじゃ作戦が進行しない。


――タックルで機動力を奪う


 だから、わざと食らうことにした。

「うぐぅ……」

「くたばれッ!!」

 ヤウクは倒れた俺の上に馬乗りになろうとする。よかった、彼がここで脚の関節技を選択しなかったのは幸運だ。

 マウントポジションを取るため一瞬俺の体から離れたヤウクの隙を逃さず、俺はまだ動く右腕でヤウクの髪の毛を掴み、顔を引っ張り寄せた。

「おらぁ!!」

 頭皮越しにゴチャ、と音が響いてきた。俺のヘッドバッドはヤウクの鼻に命中したらしい。

「ぐぅぅぅ……!」

「もう一発!」

ぐちゃ。

「う゛…!ぐぐ……!!」

 激痛に溜まらず怯んだヤウクを押しのけ、今度は俺がマウントポジションを奪い返した。一気に畳みかける!

 勝負に決着をつけるべく右腕を振り上げたタイミングで、折れかけたもう一方の腕に激痛が走った。

「いっ!」

「クソ餓鬼がアア!!!」

 ヤウクに左腕を掴まれた。もう一方の彼の手は俺の胸倉を握りしめている。そう、頭突きが来るのは分かっている。だから俺は右肘をフックの軌道でヤウクの顔面に叩きつけた。

 流石のヤウクも意識が飛んだようで、計測には彼の身長体重しか反映されなくなった。

 これで終わったのか?第二関門を突破するまでもなく、こうもあっけなく。自分の勝利が信じられない。奇妙な心情の中、俺は立ち上がって二人がどんな顔をしているのか見たくなった。

「トキさん!デレクさん!俺―」

「馬鹿野郎!下だ!!」

「えっ」

 デレクさんの怒鳴り声が聞こえた頃にはもう遅かった。左腕から鳴った枝が折れるような音、ふわりと浮き上がる俺の体。きっと囚人たちの目には見事な一本背負いが映っている事だろう。

(投げ技、できるのかよ)

「死ねぇ!!」

「ガフッッ!!!」

 斜め下に叩きつけられた。肺から空気が強制排出され息が出来ない。やばいな、視界がチカチカし始めた。

「クソが!」

「ごふっ」

 腹を蹴飛ばされた。衝撃で少し体が宙に浮いたことに感動を覚えている。もう一度腹を蹴られた。意識が無くなりそうな自分を不思議と客観的に認識している。

(死にそうだな、俺)

 電源を抜いた液晶画面みたく、プツリと目の前が真っ暗になった。



 ブラスモンキーの生首が俺を見つめている。死んで乾いた瞳に蠅が一匹止まっている。俺はあのとき、強くなると誓った。瞳孔の広がった両目が俺に語り掛けてくる。戦えと。


「これで、終わりだ!!!」

 脳に電源が入り直った感覚がしたと思ったら、踵が高速で落下して来た。転がってそれを回避し、ヤウクと正対した。

「無駄に、はぁ、しぶといな…!」

「御託はいいんだよ、さっさと終わらせよう」

「ああ!?どの口が言ってやがる!」

「この口だよバーカ、いつまでも終わったことをウジウジ悩んでると馬鹿になるのかな?」

「二度と口を開けない様にされたいのか?」

「だから、御託はもうお腹いっぱいだよ。やってみろネガティブ野郎」


 こめかみに血管を浮かび上がらせたヤウクは大きく踏み込んでジャブを放ってきた。デカい口を叩いてみたはいいが、正直体がマトモに動かない。この一連の攻防で彼を倒せなければ、恐らく俺は負けるだろう。

 無駄な体力は使わない様に半歩だけ下がって回避すると、ヤウクは俺が先読みするのを先読みして右ストレートを放って来る。だが俺は、それすら先読みできる。

「プッ」

 口の中に溜まった血液をヤウクの目に向かって吐き出した。

「ぐっ、鬱陶しいッ!」

攻撃を中断して後ろに下がろうとするヤウクの股間に脚を振り上げ、当たる直前でピタリと止めた。彼は困惑して俺を見つめている。

「ほら、もう一回チャンスをあげるからさ、俺の口を閉ざしてみろよ」

「……は?」

「手加減してやってるんですよ、俺は。分かりませんかヤウクさん?」

 ブチっと血管が切れる音が俺にも聞こえてきそうなくらい、彼は文字通りキレた。そりゃ、ムカつくよな。だってアンタ、今の金的蹴り避けようとしてたもんな?

「クソ餓鬼がッッ!!!」

 計測を使うまでもないほど分かりやすい憤怒の形相で俺に向かって拳をぶつけて来た。


――激震。



 使ったな、スキルを。発動しないスキルを。彼の脳内から憤怒は消え去り空白が訪れた。第二関門突破だ。

 ヤウク・ステファノ、彼はまごうことなき達人だ。俺みたいな初心者が勝てるわけがない。だから、この隙を待っていたんだ。どんな強者に対しても平等に生まれる心の隙を。


「おらぁっ!!!」

 呆然としたヤウクの顔面に、俺の拳は吸い込まれるように命中した。バチンと乾いた音が鳴り響き、彼は運動場の地面に倒れ込んだ。完全に白目を剥いているから、もう立ち上がることはないだろう。


「はぁ、はぁ…。やっぱ、不意打ちが一番効くよな…へへっ」

 

 

 




 

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クラスごと異世界に召喚されたら固有スキルがハズレ?&痴漢免罪で投獄された件について~同房が初代勇者だったので一緒に脱獄して復讐します~ 猿ヶ瀬黄桃 @sarugaseoutou

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