第22話 汚く

 景色が高速で回転し、四肢が言う事を聞かない。ただ横方向に移動している感覚だけがある。

(ああ、蹴り飛ばされたのか俺は)

 続いて背中に走る衝撃。回転数は一回転半、飛距離は6mくらいだろうか。

「げほっ……。あー、世界…新記録、更新だな」

「確かに良く飛んだなカズ」

「どうするよチビ助、ここらで止めとくか?」

 見上げたら二人が俺を覗き込んでいた。

「さぁ、どうしましょうか…」

 蹴りが直撃した左腕が痛みを通り越して熱い。思い切り力を入れても指が少ししか動かない。多分、折れている。右腕は痺れてはいるが何とか動く。つまり、まだやれるって事だ。

「ここからだ、お前のスキルの見せ所は。そうだろう?」

「俺はトキみたいに鬼じゃないぜ、諦めたって良いぞ?」

「デレクさん…そんなこと言って、どうせ諦めたら稽古の量が増えるんでしょ」

 上体を起き上がらせると、どうやらヤウクはこちらを静観しているようだ。計測で精神状態を見ても先ほどと特に変わりはない。俺は左腕をかばいながら立ち上がった。

「作戦は覚えてるな?」

「心配いりません。手段は選ばずヤウクにスキルを使わせる、でしょう?」

 二人は頷いて俺を送り出した。


 作戦の第一関門、「ヤウクを戦う気にさせる」は恐らくクリアだ。第二関門に取りかかろう。とは言っても、さっきの蹴り一発で俺の体は悲鳴を上げている。

「5分がリミットかな……」

「さっさと来い、もう一発でお終いにしてやる」

「ヤウクさんの国では、何歳から成人扱いですか?」

 彼は返事をせずじりじりと間合いを詰めて来た。

「俺の国では昔、15歳から成人扱いされてましてね。その理屈だと俺は今、大人なんですよ」

「黙って戦えないのかクソ餓鬼が」

「またそうやって……。どっかのクソ餓鬼に親でも殺されたんですか?」

 彼の精神がピクリと反応した。計測を使用した上でもほんの少ししか感知できないほど小さい揺らぎだが、これに賭けるしかない。

「あれ?まさか本当にそうだったんですか?」

「厄介な能力だな」


――走って喉を殴り潰す


俺は横に跳びヤウクの狙いを外した。彼は舌打ちするとまた一歩一歩間合いを詰め始める。

 ヤウクの過去についてはロジャースさんから教えてもらっている。断片的な情報でしかないが、彼は幼馴染と一緒に反乱軍を結成し、紆余曲折を経て裏切られた末逮捕され今に至ったらしい。

 そしてその幼馴染はいくつか彼より年下で、「悪餓鬼」という通称で知られていた。

「まさか本当にご両親を殺されてただなんて、失礼なことを言ってしまいました」

 計測には何の反応も出ていない。多分、親は殺されてないんじゃないか?だとすると、彼はさっき「どっかのクソ餓鬼」というワードに反応したんだろう。そこを攻める。

「この国の司法はどんな仕組みなんですか?そのクソ餓鬼も俺達同様、投獄されてると良いですね」

「………」

「あ、それはないか。無実でも投獄する国だもんな、ここ。きっとそのクソ餓鬼は、今でも外で人を殺して回ってるかもしれませんねぇ、ぶち込まれたヤウクさんのことを笑いながら」

「必要以上に苦しみたいらしいな、貴様は」

 怒り、後悔、悲しみなど、様々な負の感情がじわじわと湧いて出て来た。しかし、今一歩決め手に欠ける。

 以前彼は脱獄という言葉に反応した。しかし多くの囚人に見物されている今、そのワードは使いづらい。なにが彼の琴線に触れるんだ!考えろ、もう時間は無いぞ。

 反乱軍を結成した友人がしでかした裏切り、これを軸にするのが賢明だろう。国を相手取って喧嘩を売っていたんだ、おそらく構成メンバー達には強い絆があったはず。そういう状況にもし、俺が身を置いていたとしたら?なにが一番嫌だろうか。

「まぁまぁ、ヤウクさん落ち着いてくださいよ」

「落ち着いてるぞ?これからするのはただの作業だからな。拷問にはやり方ってのがある。前にも言ったが、体に刻み込んでやるよ」

 悪餓鬼が反乱軍を脱退、それじゃ裏切りとは言い切れない。脱獄に失敗、もしくは抜け駆けされたとか?これはなんとなくありえそうだが、そういう問題は彼自身でとっくに解決できた事だろう。また、恨みを持ち続けているということは、今も悪餓鬼は生きているのかもしれない。

 もうすぐヤウクの攻撃が届く距離だ、何か答えを導き出さなければ、何か…!


「あ、もしかしてそのクソ餓鬼、体制側に寝返ったんですか?」


 ヤウクの動きが止まったが、対照的に精神は活発に動き始めた。必死で怒りを抑えている様子だ。

 当たりだ、土壇場で大正解を引いてやったぞ!あとは怒りを抑える必要性を無くしてやれば良い。俺を本当の敵だと思わせるんだ。

「図星ですか?あ、あー。それはその…」

 触れられたくない過去への対応の中で最も嫌がられること、それは――。


「ははっ、なんていうか…ご愁傷さまですね?ま、生きてりゃ良い事ありますよ!お互いに、ね?」

 半笑いでの安っぽい同情。


「貴様に何が分かる!!!」


 二連続大正解だ。




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