第21話 ガチンコ

 運動場に吹きすさぶ寒風が俺の気持ちを落ち着けてくれる。ここ数日で鳥の鳴き声が頻繁に聞こえるようになったから、もうすぐ春になるんだろう。そのことが少し、寂しく思える。

「よーし、気張って行けよ!」

「ふぅー……。はい!」

 デレクさんが冗談みたいに大きい手で俺の背中を叩いた。俺は粗末な靴を脱ぎ捨て、孤独にしゃがみ込んだ決闘相手の元に歩いていく。

「待たせて申し訳ないです」

「……余計な言葉はいらない。白黒つけるだけだ」

 囚人たちが何かを察知したのか、俺とヤウクを取り囲んで看守の視線を遮断した。コイツらの野次馬根性に今だけは感謝しよう。


 トキさんが俺の耳元で囁いた。

「何度も言うが、綺麗に勝とうとしなくていい。欲しいのは結果だ」

「ええ、分かってます」

 良し、と呟くとトキさんはデレクさんの隣に並んだ。後は、俺の戦いだ。


 この二ヶ月間、トレーニングに集中しすぎて自分を計測していない事に気付いた。昂ってきた精神を落ち着ける意味も込めてスキルを使おう。


――身長、174㎝。体重、64㎏。


 自然と口角が吊り上がる。俺は確実に成長している。


「クソ餓鬼、貴様はいつも遅いな」

「え、ああ。すみませ――」


 顔を上げたらヤウクの拳が既に、俺の顔面目掛けて飛んできていた。慌てて身をかがめ、彼から距離を取った。

 クソ、決闘なら合図とかあるんじゃないのか!?

「甘ったれが!殺すぞ!」

 ヤウクの怒鳴り声を聞いた囚人たちが歓声を上げた。どうやら、未だに平和ボケが治っていないようだな、俺は。

「怒鳴り声じゃ人は死にませんよ。ほら、殺すんなら当てて下さいよ」

「そうか、なら貴様の最後の望みを叶えてやるよ」

 ヤウクはまるで散歩をするかのように間合いを詰めて来た。一見すると無防備だが、格闘の上級者はわざと隙を見せる。二人の鬼教官で経験済みだ。

 こういう場合は不用意に手を出さず、しっかりとスキルを使うべし。


――もう一歩詰めたところでカウンターを狙う。


「いいんですか!?隙だらけですよ!」

 あえて予備動作を大きくしてミドルキックを放った。ヤウクはここぞとばかりに間合いを詰め、俺の脚をわき腹と腕で挟み込もうとする。ここだ。

 俺は蹴りを中断し、フェイントに引っかかったヤウクの顔面に右肘をぶち込んだ。

「う゛…痛いな、おい」

 続けざまに顎に膝蹴り、そしてよろめいた彼のわき腹目掛けてサイドキックをお見舞いした。

(完璧だ!)


 人間の骨の中でも特に頑丈で殺傷能力の高い肘・膝での攻撃、脆いあばら骨を狙った渾身の一発。ここまで綺麗に決まるとは思っていなかった。まるで格ゲーのキャラになった気分だ。

「どうしますかヤウクさん。まだやりますか?」

「クソ、鼻血が鬱陶しいな…」

「肋骨も折れたんじゃありませんか?死ぬまでやる必要はないでしょう、もう決着で―」

「お前の敬語の方が鬱陶しいぞクソ餓鬼」

 猛獣、いやもっと無機質な捕食者の両目が俺を捉えた。蛇か、蜘蛛か。あるいはすべてが混ぜこぜになったキメラのそれか。

 彼は片方の鼻の穴に親指の腹で蓋をして、思い切り鼻息を吹いた。びちゃ、と赤黒い体液が地面にへばりつく。

(まずい!しっかりスキルを使わないと死ぬぞ!)

 計測を使用した瞬間、俺の脳裏に数百通りの「俺の殺し方」が浮かび上がった。俺が一歩後ずさりするたびに少しずつ技の組み合わせが変わっていく。まるで世界で最も趣味の悪い万華鏡を覗いているみたいだ。

 血の気が引く。それと同時に血液が沸騰するような興奮。ブラスモンキーと戦った時よりも狂気じみたこの感情を俺は持て余している。

「おいクソ餓鬼、それより下がる空間は無いぞ」

「はっ!」

 俺の背中が名も知らない囚人と接触した。


――跳び蹴り


「ぐぅっ!」

 強烈な殺意のイメージで内臓が縮み上がったが、なんとか横っ飛びに回避した。ヤウクが囚人と激突する隙を狙おうとしたが、無駄な望みだった。彼は人波の間にするりと降り立つと、すぐさま俺に向かって突っ込んで来た。

 今度は大振りの攻撃ではなく、フェイントを交えながらのコンビネーションを仕掛けて来た。もちろん、俺のスキルにはフェイントは意味をなさない。そう、俺のスキルには。

(速すぎて体が追い付かない!)

 文字通り目にもとまらぬ速さのローキックを先読みし、跳んで躱した。

「悪手」

「あ」

 しまった、空中では分かっていても避けようが無い。そう気付いた頃にはもう遅かった。

「らあ゛ッッ!!!」

 空振りしたローキックの回転を利用した空中回し蹴りが、クロスした俺の両腕に炸裂した。



 


 

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