第315話 共闘 ④

 情報屋からのとくダネとやらを仕入れた不動は、そのまま愛用のスクーターに乗ってベイサイドへと向かった。


 情報屋から聞いた組織『ルマルシャンドヌーボル』は、表向きはヨーロッパ圏でも有数の貿易関係の商社となっている。あくまでも暴力装置として『ラビアンローズ』という組織を後ろ盾に、彼らの睨みを利用して安全に商売を行っている、という体で商いをしているらしいが、実は美味しそうな羊の皮を被った方が凶暴な狼である、という構図なのだとか。


「確実に探偵の仕事じゃねぇよ、これ」


 大きなタンカーが出入りする港を、ゴツい双眼鏡で覗き込みながら不動はボヤキ、その状態で片手に持つアンパンを口へ運ぶ。


「……あれか」


 港に停船している巨大タンカーを探り、側面の船体に『Victoire』と刻まれた船を探し出し、双眼鏡を下ろす。


「そういう目で見れば、確かに、っていう違和感を感じるが……普通じゃ分からんだろ、あれ」


 探していたタンカーでは、しっかり安全対策をした従業員らしき屈強な男達が船上で、談笑をしながらプラプラと散歩でもするような感じで歩き回っている。だが、よくよくと観察すれば、同じ人間が同じルートで巡回しているし、別の場所で煙草を片手に海に向かって休憩している風を装っている男は、かったるそうな態度をしているが油断無く周囲を監視している。


 疑いの目で見れば見るほど、男達の行動全てに違和感しか覚えない。


「確かにカタギって感じには見えんわな、ありゃ」


 明らかに面倒臭く、それでいて特級の危険な香りが漂う眼の前の事象から目を逸らしながら、寄りかかるように体を預けていた柵の突起に、引っ掛けるようにしていたビニール袋からパックの牛乳を取り出し、ストローを差し込み口へ運ぶ。


 不動もクエストを通してそれなりにYAKUZAモノと関わって来たが、その道の人間特有の空気感やまとっている匂いのようなモノを感じ取れるようになったが、タンカーでプラプラしている人間全員は全員裏社会の人間にしか見えない。


「そしてアイツらが運び込んでいるのが、『ラビアンローズ』が製造してるSQ、人工宝石、って話……にはなってるが、出回っているSQを加工した宝飾品の数と、運び込んでるコンテナの数が明らかに乖離してる、と」


 飲みきった牛乳パックをビニール袋へ突っ込み、そのままゴソゴソビニール袋を漁ると、ロリポップキャンディーを取り出し、包装紙を面倒臭そうに取り除いてから口へ突っ込む。


「んで、コンテナには『ジャプリープルトンボンユール』、あなたの幸福を祈ります、ねぇ」


 情報屋が調べた限り、そういう名前の会社は存在しておらず、似たような名前の暴力組織は昔存在していたようだ、という事しか分からなかったらしい。


 ただ、ラビアンローズとルマルシャンドヌーボルが有名になりだした時分に、気がつけば名前が消えていたらしく、その界隈ではジャプリープルトンボンユールが分裂して二つの組織に別れたのではないか、と噂されているとか。


「そも、なんで二つに分裂したのか。しかも片方は一応カタギの会社を装ってるらしいし」


 さすがに海外の犯罪組織事情まで調べる事は難しく、追加の情報を仕入れる伝手もない。ただ、情報屋の説明によれば、分裂した時期にヨーロッパ圏でかなり大きな抗争があり、そのせいで勢力図が大きく書き換わる事があったとか。その時にジャプリープルトンボンユールが大きく勢力を落とし、苦肉の策として勢力を二分したのではなかろうか、と推測していた。


「それまではおクスリと昔ながらのシノギで組織を維持していたようだけど」


 抗争の原因は、おクスリの仕入先にあったとか。その仕入先である、前イベントで大変お世話になった中南米系の組織が、自分達の勢力を拡大させる為に、暗躍して工作したから抗争が勃発した、という噂はあるらしい。


「嫌な予感しかしないんだよなぁ」


 辛酸を舐めたジャプリープルトンボンユールが、自分の体を分かち、片方はカタギに、片方は今まで通りの暴力装置として、失った地位を虎視眈々と狙いながら潜伏し続けた。そしてカタギを装う方が、比類なき技術力を獲得してSQなる武器を手に入れ、それを暴力装置の方が侵食する国へ赴き売りさばく……という風に見えるだろう。


「なぁーんでそんな回りくどい事をして、他国に食い込まなくちゃならんのか?」


 確かにルマルシャンドヌーボルがこのままカタギの仕事を続けるのであれば、SQという武器は強力な威力を発揮するだろう。だが、ルマルシャンドヌーボルが所有するタンカーに載っているコンテナには、間違いなく『ジャプリープルトンボンユール』の文字が刻まれている。つまりそれは、やがて一つとなって再び『ジャプリープルトンボンユール』を名乗りたいという願望の現れではないだろうか?


「その比類無き技術力を使って、なぜもっと手早く荒稼ぎが出来る、国の法律すらすり抜けられるを用意しない?」


 そう、本来のジャプリープルトンボンユールは『おクスリ』を中心としたシノギを行っていた組織だ。なら、SQなんてとんでも人工宝石が作れるのならば、もっと手っ取り早いだろうをどうして作ろうとしないのか?


「もしくはとか?」


 例えばの話、SQという目眩ましを大量に持ってきた風に見せ、本当はタンカーにはとなるモノが、現地で出来る分解された機材が運ばれていたとしたら?


 積載されている荷物、リバーサイドに運び込まれているコンテナの数、出回っているSQ使用の宝飾品との圧倒的数の乖離……その諸々を考えれば、そう推測するのもあながち外れていないように不動は思える。


「ますます探偵の仕事じゃねぇぞこれ」


 口に含むロリポップの柄の部分を揺らし、被っている帽子の位置を直しながら、不動は深々と重たい溜め息を吐き出す。


「まず問題は、俺がどこまで調べるか、だよな」


 不動はクエストボードを呼び出し、そこに書かれている文面を確認する。


「謎の組織の事を調べよう。もしくはグランドクエストDEKAパートを行っているパーティーの、有利となる情報をゲットしよう。サポートポイントが高ければ高いほど、グランドクエストのメイン部分を担当しているDEKAプレイヤーが有利になっていく……って、具体的なポイントとか全く無いんだよなぁ、これ」


 不動は小さく首を横に振り、さてどうすんべ、と手に持つ双眼鏡を揺らす。


「バードウォッチングですか?」

「……」


 そんな不動の肩を誰かが馴れ馴れしく叩き、白々しいセリフを吐く。不動は脇の下の拳銃の位置を確かめるよう、ジャケットの上から拳銃を叩き、警戒しながら振り返る。


「げ」

「失礼な、人の顔を見て、げ、とはなんですか、げ、とは」


 振り返った先にいたのは、有名な探偵プレイヤーである内田 光輝と赤蕪 ヒョウ他。前イベントの時には何度か顔を合わせたが、色々あってからは積極的に関わろうとしていないプレイヤーであった。


「んで、不動の兄さんはバードウォッチングなん?」

「……」


 白々しく聞いてくるヒョウ他に、不動はどこかバツの悪そうな顔をしながら、双眼鏡を無理矢理ジャケットのポケットに突っ込む。


「それで、不動 ヨサクともあろう探偵プレイヤーが、こんなところで何をしてたんです?」


 胡散臭い、どこか作り物めいた笑顔で聞いてくる光輝に、不動は数回咳払いをし、柵に引っ掛けていたビニール袋を取って立ち去ろうとする。


「不動の兄さんも『第一分署』の為に動いてるんやろ? ならお互い協力した方がええやん?」


 そそくさと逃げるような動きで立ち去ろうとする不動の背中に、ヒョウ他がなるべく他意を感じさせない口調で投げかけると、不動は立ち止まって小さく溜め息を吐き出す。


「まだ確証は持ってないけど、私は複雑になる、って勘の部分で感じてる。不動さんもそうじゃありませんか?」


 不動が漠然と感じていた事を光輝に言い当てられ、彼は小さく首を横に振る。


「な、不動の兄さん。協力しようや? 一人より二人、二人より三人やで?」


 ヒョウ他の言葉に、不動は諦めたような溜め息を吐き出すと、降参とばかりに両手を挙げて振り返ったのだった。

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