第314話 共闘 ③

 イエローウッド区にある職人街的な場所に、赤蕪あかかぶ ヒョウ他は来ていた。他のギルドメンバーと同じく、『第一分署』の助けになると嬉々としてグランドクエストに参加し、その手助けの一環としてこの場所を訪れているのだ。


「どや?」

「あんま、見ねぇなぁ……この手の意匠は」

「そうなん?」

「ああ、物珍しくはあるなぁ」


 ヒョウ他はイエローウッド区で活動するNPC職人の中で、多くの宝飾品系生産者プレイヤーから師匠と呼ばれているキャラクターの工房を訪れていた。


 そんな頑固一徹、昭和頑固親父を絵に書いたような堅物な職人に見せているのは、彼女がテツ経由で手に入れたSQが使われた宝飾品だ。


「作りは悪くねぇが……こりゃぁ、売れねぇだろう?」

「そうなん?」


 ヒョウ他の目から見ても、ついつい手が伸びてしまいそうなネックレスだったが、職人は売れないときっぱり断言する。


「ここいらだと宝飾品を楽しむ層ってのは、やっぱエイトヒルズを生活拠点にしている奴ら、富裕層なんだよ」

「ま、せやな」


 職人からネックレスを受け取り、それを手早くビニール袋へ入れて、ポケットへ突っ込みながらヒョウ他が頷けば、職人は作業していた机の引き出しから、ネックレスを取り出す。


「あそこらへん界隈で喜ばれる意匠ってのは、こういうタイプなんだよ」

「……ああ、そういう事」

「そういう事だな」


 職人が見せてくれたネックレスは、地味な印象を受ける感じなのだが、どちらかと言えばマイナス方向の美しさ、無駄なモノを削って上品さを高めた、見る人が見れば価値が分かる普段遣いでも楽しめる意匠をしている。一方、ヒョウ他が持ち込んだネックレスは、プラス方向の美しさ、良く言えばゴージャス悪く言えばうるさい、パーティーなどの派手さを見せつけるような場で使う決戦兵器と言った感じだ。


「エイトヒルズでも、まぁ、その手の宝飾品が全く無い、とは言わんがなぁ……あそこら辺で仕入れしているバイヤーなら、まず間違いなく弾く類の商品だな」

「なるほどねぇ」


 ベイサイドとリバーサイドと、それぞれに侵食している感じがあるラビアンローズだったから、それはもう派手に仕事をしているんだろう、と思った。だが、それ程被害が拡大していない状況に首を傾げていたのだが、色々とリサーチ不足であったらしい。


「なら、どこだったら仕入れてくれそうなん?」

「さっきのネックレスをか?」

「せや」

「うーん……」


 職人は腕を組んで考え込み、唸り声を出す。しばらくその状態で、あーでもないこーでもないと呟いていたが、不意にパンと手を叩く。


「ベイサイドの観光地にある宝飾品店なら仕入れるんじゃないか?」

「ベイサイド?」

「ああ。あそこは普段遣いと言うよりは、遊びに来た観光客向けの店が多いし、観光気分でやって来て財布の紐が緩んでるような奴らなら、その場の勢いで買う、ってパターンもあるだろうし」

「ああーなるほどなぁー」


 職人の回答に納得し、ヒョウ他は職人の手をお礼を言いながら握り、お土産に持ってきたイエローウッドの老舗和菓子屋の菓子折を手渡して、何度も頭を下げながら作業場から立ち去る。


「ヒョウちゃん」

「あ、光輝ねーさん」


 そこに男装の麗人、内田うちだ 光輝みつてるが男よりもイケメンな顔に、星のエフェクトが散りばめられそうな、百点満点に爽やかな笑顔を浮かべて合流する。


「どうだった?」

「エイトヒルズ受けはしない、ベイサイドならどうや、って言われはったわ」

「なるのどね。こっちもエイトヒルズじゃまず見向きもされないって言われたよ」


 光輝はポケットから小さいビニール袋を取り出し、中に入っているSQを揺らしながら苦笑を浮かべる。


「理由は?」

「石が大きい、色味が下品、カット技術が浅い、商品価値があるように見えない、ってさ」

「偽物だから?」

「それを差し引いても、これじゃ二級品三級品レベルで、エイトヒルズで取引されるレベルに全く届かん、ってさ」

「あらら」


 職人さんって凄いよね、なんて育ちが良さそうなほのぼのさで呟く光輝に、ヒョウ他は苦笑を浮かべて肩を竦める。


「結局、ラビアンローズって」

「うん、ドヤ顔で侵入してきた割に脇が甘い」

「せやなぁ」


 海外の犯罪組織が一目も二目も置く三大YAKUZA組織、そいつらに喧嘩を売るにしては、どうにもお相手のポンコツっぷりが目に付く。


「それとも、SQは目眩ましなのか」

「え?」


 手に持つ人工宝石を顔の前にかざし、光輝はSQでは無くどこか別の場所を見るような目をしながら、ボソリと呟く。


「確か、ベイサイドに入ってからリバーサイドに流されてるんだよね?」

「う、うん、テツのおいちゃんが言うにはね」

「……本命は本当にSQなのか」

「……」


 光輝は透明な瞳で虚空を見ながら、光輝が思案するよう呟く。


 何かと探偵プレイヤーの中で目立つのは金太平 水田だが、瞬発的な発想と圧倒的な思考の組み立て能力は光輝の方が高い。そこは水田も認めており、むしろどうして自分が目立ってるのか分からない、とのたまっていたりする。


「うん、どっちのしてもベイサイドに行かないと分からないか……ヒョウちゃん、とりあえずベイサイドに向かおうか」

「はいはい」


 彼女の頭の中で何が組み立てられたのか、それは光輝しか分からないが、きっと何かしらの道筋が見えたのだろう、何かを確信したような表情をする光輝に、ヒョウ他は溜め息を吐き出しながら頷く。


「やっぱウチ、一般人枠だと思うんやけど」


 何かと凄い仲間達、カテリーナを筆頭にした人物達のあれやこれやを思い出し、ヒョウ他が呟くと、光輝が朗らかに笑って彼女の細い肩を叩く。


「ヒョウちゃんは本当、面白いよね」

「?」

「自覚が無いってのも問題だよね」

「???」


 不思議そうな表情を浮かべるヒョウ他に、光輝は微笑ましいモノを見るような目で眺め、何かと自己肯定感の低い妹分の頭を撫でる。


 ヒョウ他は自分の事をギルドの足引っ張り要員だと思っているが、実はトップ4と言われている四人で、一番のクエスト解決率を誇るのがヒョウ他だったりするのだ。


 自分よりもクエスト解決率を誇る人に、羨ましそうな目を向けられるむず痒さに、光輝の苦笑が止まらない。


「とにかく、ベイサイドに向かおうか」

「はい」


 何に苦笑しているか全く分からない状態のヒョウ他を、光輝が肩に手を回して少し押すように歩き出す。


「あの陽気な場所に、どんな謎が隠されているのか、ちょっと楽しみだね」

「そう言えるのは、光輝ねーさんくらいやで」


 旅行にでも行くような雰囲気で、ワクワクした感じに言う光輝に、ヒョウ他は呆れた口調で突っ込みを入れる。


「まぁまぁ、楽しんだモノ勝ちだしね」

「そりゃそうやけども」


 関わっているギルドが『第一分署』とあって、きっと難易度は天井知らずに上がっていくのは間違いない。間違いないから、そこまで能天気に楽しもうとは思えないのだが、光輝はどこまでも楽しそうだ。


「さぁ、ベイサイドに向かってレッツゴー」


 車のドアを開けながら言う光輝に、ヒョウ他は苦笑を浮かべて『かなわんなー』と呟き、助手席に乗り込むのであった。




――――――――――――――――――――


「はぁ……」

「大丈夫ですかい? 不動の兄さん」

「大丈夫……と言いたいが、こりゃぁ……」

「そうですねぇ、結構シャレになっとらんですね」

「シャレになってないどころか、なんで一ギルドが受けるクエストが、前のイベントレベルに近いモノになってるのか、運営に突っ込みたい気分だ」

「そこら辺は分かりませんが、ヤマ自体はでっかいですね」

「はぁ……」


 顔なじみの情報屋に、最近で一番情報は無いか聞いて、この情報屋にしては珍しい六桁の金額を要求された情報を聞き、不動は頭を抱えていた。


「ラビアンローズは下部組織、な」

「へい。ルマルシャンドヌーボルっちゅうのが上の組織でして、犯罪組織なんですか、どっちかっちゅうとって呼び方が近い奴らかもしれないっす」

「……厄介な」

「多分、YAKUZAの連中はそこまで気づいてませんぜ?」

「マジで厄介な状況じゃねぇかっ!」


 不動は被っていた帽子を取り、もじゃもじゃのパーマ頭に手を突っ込んで頭を掻く。


「何だったあの連中はこうも役満ちゅうか、大三元、九蓮宝燈みたいな状況をポンポン生み出しやがりますかね?! 厄介事には首を突っ込まない主義なんだが……」


 うおおおおおっ! と叫ぶ不動に、情報屋の男が同情するように、ポンポンと肩を叩いてなだめるのであった。

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