第313話 共闘 ②

 カテリーナの言葉に絆された訳ではないが、なんとなしにやる気になって事務所を不動が出た頃、同じグランドクエストを受領した金大平かなだいら 水田すいでんはエイトヒルズとリバーサイドの境界線にある、とある雀荘に来ていた。


 ムワンと強烈に鼻を突く煙草の匂いと、まるで霞のように漂う紫の煙、アチラコチラの卓から聞こえてくるジャラジャラと牌を混ぜる音、そんな空間で咥え煙草に殺気立つ明らかにカタギには見えない男達が、今にも殺し合いでもやりかねない雰囲気で麻雀をやっている。


 そんな昭和雀荘で見るような光景を、透明なガラス越しで眺めているように感じながら、水田は雀荘に不似合いな湯呑みを両手で包むように持ち、ずぞぞぞぉーと音を立てて緑茶を飲む。


「アンタも色々オカシイよなぁ」


 飲食をするスペースのちょっとしたテーブルでほのぼのと緑茶をすする水田を、Yシャツに黒いベスト、やはり黒いスラックスを着て、髪型もきっちり整髪料で整えた七三分けの人物が、心底呆れた表情で吐き捨てる。


「アンタ、ド派手に星流会の会長相手に喧嘩売ったろ? ここ、その星流会系列の雀荘だぞ?」

「ええ、ですからこうしてお尋ねしたんですが?」

「……はぁ」


 狂ってやがる、そう言わんばかりの表情で溜め息を吐き出し、水田が注文していたクラブサンドイッチの皿を彼の前に置く。


「肝が据わってるのか、それともタダのバカなのか」


 従業員の呆れ果てた表情を見上げながら、水田はパクリとクラブサンドイッチを食べる。


「うん、雀荘で出す食事とは思えないくらい上等ですね。ねぇ? 星宮さん」

「……ちっ」


 星宮と呼ばれた従業員は、忌々しそうに舌打ちをすると、こちらを伺うように見ていた数人の男達へ目配せをして警戒を解かせる。


「で、何の用なんだよ」


 星宮は面倒臭そうな態度で、きっちり首元まで止めていたバタンを外し、スラックスのポケットから煙草の箱を取り出しながら、雀荘従業員とは思えない眼光で水田を睨む。


 一般人やチンピラ程度ならそれだけで逃げ出しそうな迫力があるが、水田はモキュモキュとクラブサンドイッチを咀嚼し、ゴクリと飲み込んでから、とぼけた表情で爆弾を投げた。


「ヨーロッパで暴れてる『薔薇色の人生』について」


 その単語が水田の口から出た瞬間、それまで麻雀をやっていた全員が立ち上がり、殺気走った様子で、中には片手を脇の下に突っ込み、明らかに武器を取り出そうとする奴らもいる。そんな騒然となった空間で、水田は大してプレッシャーを感じた様子も無く、残っているクラブサンドイッチを口へ運ぶ。


「……ちっ、本当、ムカつくよなお前」


 星宮が面倒臭そうに手を振れば、立ち上がった客達が静かに雀卓へ戻る。何だってこんなヤツを俺が相手しなけりゃなんねぇんだ、そんな表情で反吐でも吐くような口調で言う。


「お褒めに預かり恐悦至極」

「褒めてねぇんだよぉっ!」


 いやぁ困ります、そんな表情で照れたように言う水田に、星宮が本気の殺気を出しながら一括するが、水田は飄々とした態度で咀嚼を続ける。


 どんなYAKUZAの技術を使っても、眼の前の男は何も感じない、そう悟った星宮は、きっちり固めてる頭を手櫛でぐちゃぐちゃに乱して、ぐいっと水田に顔を近づける。


「どうして俺がここにいるって分かった?」

「まぁそこは、蛇の道は蛇って奴ですよ」

「……どんな凄腕なんだよ、そいつは……」


 クラブサンドイッチを食べきり、満足そうに緑茶をすする水田に、星宮は呆れた口調を投げつけた。


 アップデートで、龍王会の関係者は爬虫類系の漢字が入る、というルールが追加された。それは他のYAKUZA組織の関係者も同じで、星流会では星座関係の名前が関係者、直接『星』と付くのは幹部というルール。ちなみに鬼王会は幹部が苗字に鬼、関係者が妖怪系の名前が適用されるというルールに変更されている。


 つまり、この雀荘の従業員を装った男は、しっかりと星流会の幹部である、という事だ。


「んで? ラビアンローズの何を知りたい?」


 なんもかんも面倒になったのか、星宮はどっかりと近くのパイプ椅子に座り込み、外人のようなオーバーな動きで両手を挙げて、降参のポーズを取る。その姿に水田はくすくすと笑い、懐から和紙を乱雑に紐で束ねたような、妙に時代掛かったメモ帳を取り出す。


「SQの流通経路は把握してますか?」

「……はぁ……なぁ、その情報屋、紹介してくれないか?」

「はははははは、抜かしよる」

「はぁ……」


 なんでそれをお前が把握してんだよ、疲労感すら漂うような表情で、星宮が本心から言えば、水田はアルカイックなスマイルでその言葉をバッサリ切る捨てる。


 星宮は頭が痛そうに額を押さえ、パチパチパチと乱雑に指をスナップさせると、キッチンスペースがある裏手から、料理人には見えない大男が紙束を持って出てきた。星川はその大男から紙束を受け取ると、それを捨てるように水田の前へ投げる。


「やっぱり情報関連は星宮さんですよねぇー」

「マジでその情報屋連れてこいや! 本気でそいつの手口を知りてぇわっ!」


 星流会の情報関連から防諜までこなす関連組織、それを束ね他のYAKUZAの追従を許さないトップ、それが星宮である。そんな常にクールな男が本心から吠えるが、水田はそれをまるっと無視して紙束の内容を斜め読みしていく。


「……あら意外。何気に龍王会と情報のやり取りはしてるんですね」

「今回は『シマ』の外からの侵略、いわば俺等YAKUZA組織に戦争をふっかけて来た。お互いに反目し合って、その隙間を狙われて『シマ』を荒らされるなんてぇのは、のような事はやるわけにはいかねぇんだよ」

「……」


 星宮が言う前とは、つまり前回のお祭り、大規模イベントの事を言っている。あのイベントでは中南米の方のマフィアがちょっかいを出してきたイベントだったし、確かに星流会と龍王会の反目が利用されたようなクエストもあった。


 その事を反省し、鬼王会に星流会と龍王会の仲介役を頼み、ラビアンローズ対策網をこの眼の前の星宮という男が作り上げたようだ。


 ちょっとだけ感心した目を星宮に向け、水田は再び紙束に視線を落とす。


「……ベイサイドの港湾地区」

「ああ、そこから陸路でリバーサイドに運ばれて、龍王会のお膝元で加工されてる」

「通りで……」

「……」


 訝しげな、胡乱な視線を向けてくる星宮に、水田は薄い笑みを顔に貼り付け、ここに来る前のやり取りを思い出す。


 それは黄物怪職連盟のテツと会話した時の光景――


「どーも上手くいかねぇんだよ」

「テツさんでも?」

「俺みたいな、なんちゃって、情報屋を買い被り過ぎだ。俺が追えたのは、どこからか湧き出すようにSQって呼ばれている何かがリバーサイドに運ばれ、そこで加工されたのが出回ってるって流れだけだ。んでそれを調べてるのが、星流会の懐刀って呼ばれてる星宮っちゅう幹部だって事くらいしか探れんかったわ」

「十分なのでは?」

「俺が知ってる情報屋ってぇのは、求められた情報を全部答えられるヤツの事を言うんだよ」

「そんなモンなんですかね?」

「そういうモンだ」


 そんな会話を思い出し、その流れだとリバーサイドに強いテツさんではベイサイドの情報は見つけられなかったのも納得、と水田は小さく頷く。


「ラビアンローズの人員とかは入り込んでるので?」


 紙束をざっくり斜め読みした水田が、軽く紙束を叩きながら聞けば、星宮は肩を竦める。


「さぁな。加工出来てるっちゅう事はそれなりの数は入ってるんだろう。さすがにこちらで人員を出して、リバーサイドに乗り込む訳にはいかんだろ?」


 星宮は手を軽く振り、手に持ったままだった煙草の箱から一本取り出し、それを口に咥えて火を点ける。目を細めてニコチンを摂取する星宮を眺め、水田はテーブルに置いた紙束を指先でトントンと叩いて聞く。


「ですが、ベイサイドは『シマ』ですよね?」

「ちっ……」


 水田の突っ込みに星宮は忌々しげに舌打ちをし、水田の顔目掛けて吸い込んだ紫煙を吐き出す。


「そこまでお前にサービスしてやる理由はねぇぞ?」


 狂気が孕んだ凄みのある笑顔で星宮が言えば、水田は面倒そうに紫煙を手で払い、節くれだった指先を星宮に差す。


「早急に排除が出来ますよ?」

「……」


 貴方がたの目の上のタンコブを、一番穏便に一番確実に、かつ国から出る税金で排除が出来ますよ、そう続けた水田の言葉に、星宮は肺一杯紫煙を吸い込み、それを静かに鼻から吐き出す。


「『第一分署』か?」

「さぁ、どうなんでしょうね?」


 直接の被害を被る龍王会どころか、星流会、そしてYAKUZA最強の鬼王会すら恐れて一目を置く、最強のDEKAギルド。そいつらが厄介な海外犯罪者組織を倒してくれる、可能性がある事はもちろん星宮も把握している。


「……ち、おい!」

「へい!」


 組織の消耗、コストの諸々、人員の負担……それらを天秤に掛け、星宮は『お巡りさん』が始末してくれるならそっちの方が安上がり、と判断を下し部下に指示を出す。


「ご慧眼です」

「嫌味か、クソが」


 どこまでも胡散臭い表情の水田を睨みつけ、これ親父になんて報告しよう、この後の事を想像して憂鬱な気分を味合う星宮だった。

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