第7話 もう全員殺します!!

 ……。

 …………。

 ………………。










「起きたかね、ノア君」


 意識が戻ると、そこは棺桶の中ではなく、ベッドの上でした。

 周囲を見渡すと、そこは屋敷の地下の一室であり、オズヴァルド様がいらっしゃるのを見て、計画通りにことが進んだのだと認識します。


 身体を起こします。

 無数の切り傷も殆ど塞がっており、毒が残留している様子もありません。

 幼少よりあらゆる毒物を体内に取り入れ耐性を付け続けたわたしにとって、あの程度の毒では死ぬ方が難しいというものです。


「傷の具合は?」


「ほぼ塞がっております」


 ベッドから降り、オズヴァルド様の前で膝をついて首を垂らします。

 ノア・シュールは既にこの世にいません。


 今いるのは、名前のない暗殺者。


 エリス様の為に人を殺し続け、けれどもエリス様に存在を認知されることのない、見えない刃。

 そのために、わたしは死んだことにする必要があったのです。


 エリス様の王位継承がほぼ確実なものとなった今、ノア・シュールという使用人の存在はエリス様にとって無用――いや、害悪でさえありました。


 わたしが自分で言うには、あまりにも恐れ多く、今もなお信じがたいことではございますが、エリス様はあまりにもわたしに依存し過ぎており、主と使用人という線引きを超えかねない程の情を、エリス様はわたしに抱いて下さいました。


 けれど王になられるお方が、使用人如きに特別な感情を抱くなど言語道断。

 その甘さを拭いとるために、わたしは表舞台から姿を消す必要があったのです。


 かつてのオズヴァルド様の使用人であり、わたしに暗殺術を叩き込み、またわたしの手でこの世を去った師匠のように。


 勿論エリス様のおそばで仕えることが出来なくなるのは苦しい。

 わたし以外の使用人がエリス様の後ろに立ち、わたし以外の使用人が淹れた紅茶を飲まれることを想像するだけで気がどうにかなりそうです。


 けれども、真にエリス様をお慕いしているがなればこそ、わたしはエリス様の隣にいるべきはないのです。



 そう……決めたのです。



「して、オズヴァルド様には今後の指示を承りたく……とりあえずはエリス様に企てが知られぬ内に、顔を変える必要があるかと存じますが」


「ああ、そのことだが……少しだけ計画を変更することになった」


「それはどういう……?」


 オズヴァルド様は席を立つと、わたしを隣室へと案内します。

 そこもまた先ほどわたしが眠っていた部屋と同じ作りになっており、ベッドの上で横になっておられるお方のお姿を見て、わたしは目を疑いました。


「こ、これは……!?」


 そこにはエリス様がおられましたが、あろうことか既に事切れていたのです。


「オズヴァルド様、ご説明を頂戴したく存じます。これはどういうことですか!? なぜエリス様が! なぜ!」


「落ち着きたまえ、悲しい事故だったのだ。まさか君が死んだ姿を見て、床に落ちていたナイフで自刃するとは思いもよらなかった」


「エリス様が……自らお命を……」


「……うむ」


 オズヴァルド様は娘の死を悼むように深刻に顔を歪めます。


「失礼仕ります」


 わたしは無礼を承知でエリス様にかけられたシーツを剥ぐと、胸元に巻かれた包帯はエリス様の血が赤黒く染みておりました。

 心臓をナイフで一突き……。


 わたしは膝から崩れおち、ポロポロと流れ落ちる涙をせき止めることが出来ず、ノア・シュールが死ぬ直前のエリス様の痛みをようやっと実感いたしました。


 ああ、わたしはなんと酷い仕打ちをエリス様にしてしまったのか。

 こんなにも……こんなにも苦しいのですね、大切なお方を失うというのは……。


 エリス様の前から姿を消し、闇の中に生きてエリス様を守り続ける道を選んだのは間違いだった。

 影から主を守り続けるという幼い自意識に陶酔していたのかもしれない。


 格好いい訳がないだろう……エリス様の幸せを真に願うべきなら、わたしはエリス様の前で死を演じるべきではなかった! たとえオズヴァルド様からどう言われようとも、エリス様のお傍に居続けるべきだったのだ!


「わたしは……わたしはこれからどうすれば……」


「君の次の仕事は、エリス・ティーガ・ヴィゲンリヒトとして王位を継いでもらう」


「……は? それは、どういう」


「君がエリスになるのだ」


 オズヴァルド様は絶望に打ちひしがれるわたしの肩に手を置き、続けました。


「君の髪はエリスと同じ琥珀色で、その魔性の美貌を駆使すればエリスに成り代わることは容易なことだろう。刺客を自らの手で返り討ちにすることが出来る屈強な肉体を持ち、毒殺される事もなく、教養と品性を身に着けた君こそ、まさに王に相応しい」


「わたしのような下賎の血の者に、王が務まるとは到底思いません。数百年にも及ぶ王家の歴史に泥を塗ることになります」


「ああ、それは心配いらない――なぜなら」


 オズヴァルド様は続けて、今まで一度も想像すらしてこなかった秘め事を明かすのでした。


「君は私の息子で、エリスの双子の兄なのだから」


「――ッ!?」


 オズヴァルド様曰く、エリス様は双子として生誕なされました。

 されど今代の王は女王であり、次の王位も女に譲るであろうと読んだオズヴァルド様は、まだ赤子であったわたしを捨て、エリス様を嫡子としたとのことです。


 無論わたしも女王陛下が腹を痛めて生んだ子であるため、表面上は病死したと女王陛下に報告されたようですが。

 しかしそれから六年が経過し、第一王子のフランクリ様が王位を即位される雰囲気が濃厚になると、オズヴァルド様は焦り始め、市井に捨てたはずのわたしを探し出し、使用人として引き取ったというのです。


 確かにわたしはエリス様と同じ髪色で、男の身でありながらエリス様と似た雰囲気を持っていると、幾人かの王族から言われたことがあります。


 けれどもそれは、いざという時にエリス様の影武者となるべく、似た要素を持つわたしが選ばれたのかと思っておりました。


 けれどよもや、エリス様が血を分け合った兄妹だったとは……。


「それにエリスはあまりにも優しすぎた。いや、愚鈍とも言える。あのような楽観主義の日和り者に王の責務は務まらなかったであろう。それに引き換えノア……お前は私の命令に忠実で思慮深く、何よりも分を弁えている。お前この王にふさわしい」


 そして、オズヴァルド様の傀儡として世を統治せよと言うことですね――その言葉は実際に口に出ることはありませんでしたが。


「最初から……そのつもりだったのですね」


「誤解して貰っては困る。さっきも言ったが、これは想定外の悲しい事故だったのだ。まさかエリスが自らの命を絶つ程の覚悟を持っていたとは思わなんだ。私も胸を痛めているのだよ」


「…………」


「孤児だったお前が王になれるのだ。これほど幸せなことはないだろう。きっとエリスも天の国で喜んでくれるはずだ」


「……黙れ。貴様がエリス様を語るな」


「がっ!?」


 肩に置かれた手を振りほどき、振り向くと同時にオズヴァルドの首に手をかける。

 女と間違われる細腕にビキビキと血管が浮かびあがり、オズヴァルドの首が音を立てながらひしゃげていく。


「な、なにを…………主に…………歯向かうか…………!?」


「勘違いして頂いては困りますオズヴァルド様……我が忠義は、今も昔もエリス様のためだけにございます。エリス様亡きいま、あなたに仕える義理はどこにもありませんよ」


「ま、待て……きっとエリスも……それを望んでいる……お前が……王になるのを……!!」


「黙れと言っている!」


 エリス様は幼い頃暗殺されかけたトラウマが原因で極度の刃物恐怖症であられる。

 今もなお刃物を握っただけで指先が震えるほどだ。

 そんなエリス様が、自らの心臓を刃物で一突きに自刃出来るはずがない。


 殺されたのだ。オズヴァルドに。

 最初から、そのつもりだったのだ。


「……がっ!?」


 首の骨が折れる触感が伝わる。


「わたしが……エリス様を殺したようなものです。わたしが……わたしが、殺したのです……」


 エリス様の亡骸に身を寄せ、わんわんと子供のように泣き叫びました。

 最愛の主の死を悼み、己の愚かさを恥じ、深い絶望に耐えきれず、泣くことでしか己を慰める方法を思いつかなかったのでした。



***



 女王陛下が病に倒れ、エリス・ティーガ・ヴィゲンリヒト第四王女が次期女王の座を盤石なものとしていたその時、ある悲劇が起きた。


 ティーガ邸に賊が入り込み、屋敷に火をつけたのだ。


 屋敷は焼け落ち、使用人を含む多くの者が命を落とした。


 そこにはオズヴァルド公爵だと識別できる亡骸を発見することは出来たが、その娘エリスとエリスの使用人ノアの焼死体が発見されることはなかった。


 命からがら火に包まれた屋敷から脱出したのかもしれないし、識別不可能なほど死体が損傷し、他の使用人の焼死体と区別がつかなかった可能性もあったが、真相を知るものは誰もいない。






 余談ではあるが、その翌年に女王は病によってこの世を去り、第二王子であるリンハルト・オイレーン・ヴィゲンリヒトが王に即位した。


 けれども当時まだ八歳に過ぎないリンハルトに王の責務が果たせるはずもなく、宰相が摂政を務め、政権は実質宰相が握り、リンハルトは成人してもなお傀儡として利用され続けることになる。


 私腹を肥やすのに夢中な宰相派閥の政治により、豊かに栄えていたはずの国は衰退し、やがて滅びることになると後世の歴史書に記されているのだが、そこにノア・シュールという数多くの王族を陥れた少年の名はどこにも記されることはなかったという。



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【あとがき】

これにて完結です。ここまでお読みくださりありがとうございました。

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第4王女のお嬢様に王位を継承させるため暗躍します〜朝は紅茶の用意、夜は王族の暗殺まで。ちなみにわたしに毒は効きません〜 なすび @nasubi163183

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