第6話 第三王女も暗殺します!

 お早いもので、エリス様は十八歳になりました。

 ちらりとその横顔を覗き見ただけで魂が吸い込まれそうになる美貌は、まさに傾国の美女と形容すべき美しさでございました。


 事実エリス様に魅せられたわたしは王族の方々を惑わし、篭絡し、殺し、既に国が傾いていると表現しても差し支えがないのかもしれません。


 第一王女コルネリア・ファルケン・ヴィゲンリヒト様の純潔を穢し王位継承権を失わせ、第二王女ナタリー・ヴォルフェン・ヴィゲンリヒト様を暗殺してから四年が経ち、その間に第三王女であられるマーガレット・ヴェノケッタ・ヴィゲンリヒト様も不審な病を患いお亡くなりになられました。


 マーガレット公爵家が、遥か東洋に伝わる医学に精通していればあるいは、助かったかもしれないのに。

 けれど、もしマーガレット様が不審な病から生還されたとしても、その時はお屋敷に賊が入り込んでいたことでしょうが。


 かくしてヴィゲンリヒト王家はたった十年の間に四人もの王族を失い、次期国王の第一候補はエリス様となられました。


 親愛なる御子を立て続けに失ったのが原因か、女王陛下は御身を病まれて病床に臥せっておられるようで、長くても数年の間に退位なされ、王位を譲られるのではないかと、オズヴァルド様が仰っておりました。

 つまりエリス様が王位を継がれ、わたしの悲願が達成されるということです。


 けれども事がそう簡単に運ぶほど世の中甘くはございません。

 わたしが今までそうしてきたように、その日の晩も、ティーガ家の屋敷に刺客が入り込みました。

 エリス様の悲鳴で目を覚ましたわたしは、反射的に枕の下に隠したナイフを握り、自室のドアを蹴破り、勢い余って廊下の壁に着地すると、そのまま壁を蹴りエリス様の部屋へ駆けました。


「エリス様!!」


「ノア! 助けて!」


 エリス様は顔を隠した刺客に襲われており、間一髪という所でエリス様を救出します。

 病まれた女王陛下の余命がもう長くない現状、王位継承権一位であられるエリス様のお屋敷に、他の王族から暗殺者が送り込まれることは想像の範疇であり、エリス様の寝室の前には常に見張りの衛兵が警護に当たっておりました。

 わたし程ではないとはいえ、それでも日々鍛錬を欠かすことなく身体を鍛えているはずの衛兵は、全員が鮮やかな切り口で殺害されており、先方が相当な手練れであることは疑いようがないでしょう。


「エリス様、決してわたしの前へ出てはいけません」


 ナイフを構えます。暗殺者もまた、わたしと同じ構えを取り、対峙します。

 そこから先は一進一退の攻防が続きました。

 幾もの刃を交わし、幾筋もの刃がわたしの肉を裂き、わたしの繰る刃もまた暗殺者の身を何度も切り裂きます。


「ここだ!」


「……っ!?」


 わたしの目を狙った暗殺者のナイフを躱しきれず、左耳が横一文字で裂かれましたが、すれ違いざまにわたしのナイフが暗殺者の喉元に深々と突き刺さりました。


「見事だ……ノア」


「はぁ、はぁ……」


 暗殺者は糸が切れたように動かなくなり、わたしもまた全身の力が抜けて床に倒れます。


「ノア……! 大丈夫!?」


 エリス様はお召し物が血で汚れるのも厭わず、わたしを抱きかかえて下さいました。

 血を大量に流し、熱を失いつつあるわたしの身体にじんわりとした心地いい温もりが広がるのを感じました。


「申し訳ございませんエリス様……どうやら賊のナイフには、毒が塗られており……わたしはここまでのようです」


「なんでそんなことを言うの!? ダメよノア! わたしを置いていかないで!」


「ああ……エリス様、わたしの為に泣いて下さるのですね……」


「待って! 目を閉じてはだめよノア!」


「エリス様……最後に、わたしの願いを聞いては下さいませんか……?」


「嫌よ! これが最後だなんて絶対に嫌!」


「そう仰らずに……お願い申し上げます」


 コポリと、喉奥から溢れだす血が零れます。


「嫌、嫌、嫌! わかった! なんでも言うことを聞くから! だから死なないでノア!」


「……どうか、王位を継いで下さいませ。そして、きょうだいで殺しあわねばならない悲しい戦いを終わらせて下さい。それが、わたしの望みです」


「分かった……継ぐから……だから……っ!」


「ああ……可能であれば、王位を即位なさるお姿を見守っていたかった……今まで、お慕いしておりました……エリス様……」


 こうしてノア・シュールという使用人の生涯は終わりを告げる。

 遠のく意識の中、お嬢様は何度もわたしの名を呼び続けて下さり、これほど幸せな死に方をした人間は、きっと他にいないだろうと、わたしは悦に浸るのでありました。

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