第5話 同業者

「やっと会えた、お前はいつもこちらの想定外の行動をするから、困る」


「あい♪」


 クラゲの魔女は大柄な男性を見てにこにことしている。いや、いつもと変わらない笑顔だ。


「師匠、この人とどういう関係なのですか?」

 名前で呼び合うならば親しいのだろう、少しばかり嫉妬心が湧き上がる。


 クラゲの魔女の弟子として。


「彼はお医者さん、多分♪」


「多分て、酷いな」


 大柄な男性は苦笑した。


「お前はエフィラの弟子か。初めて見るな」


「この子はあの時の子よ♪ 忘れちゃった?」


 ちゃぷちゃぷと泳ぎながら話すと、ようやく大柄な男は思い出したようだ。


「あの時の毛玉! よく生き延びたな」


「あぁ?」


 黒耳の青年は失礼なことを言われたと耳と尻尾を逆立てる。


「んもぅ先生、口が悪いですよぅ」


 むぎゅっと大柄な男性の腕を引いて、白耳の女性が止めようとする。


「別に喧嘩しているわけじゃねぇよ。こいつが勝手に売って来ただけだ」


「何ですか? 俺が悪いとでも?」


 ぴりぴりとした空気の中でも、クラゲの魔女はふわふわと漂うだけ。


 止める者もない為に白耳の女性はアワアワと困っている。


「喧嘩は良くないですぅ。先生は魔女さんと話す為に来たのでしょう? まずはお話しないとぅ」


「そうだったな」


 大柄な男性はひとまず黒耳の青年の事は無視して、クラゲの魔女に話しかける。


「エフィラ。あの町はどうだった?」


「暑すぎて駄目♪ 昔はあそこまでじゃなかったのに♪」


「そんなにか。でもお前も悪いと思うぞ。雨も降らないのに行くなんて」


「大丈夫♪ だって私にはウォルがいるもん♪」


「ウォルか……弟子にあまり無理させちゃいけないぞ」


 同情の視線、思いかけず労わりの声が掛けられたのには、驚いた。


「あんた、そんな事も言えるんだな」


 黒耳の青年、ウォルは少しだけ大柄な男性を見直す。


「先生の名前はディストというんですぅ、年上には敬語を使うものですよぅ、ちなみにあたしの名前はぁ、ラナというのぅ」


 白耳の女性にそう訂正された。


「そんな舌足らずな話し方をする人に言われたくないな」


「ガーン」


 今度は言葉で感情を表現し始めた。


 ウォルは付き合っていられないとディストに目を移した。


「俺は師匠の弟子だから、何でもする。無茶なんて決めるのはあんたではない」


「忠誠心? 忠義心? 犬系は律儀だなぁ」


 くつくつと笑うディストに余計ムッとする。


「だがさすがに命の危機にはヒヤッとしたんじゃないか? あの町は奴隷を必要としてたし、適応できなければ燃料行きだったんだぜ」


「何の話だ?」


「おいエフィラ。何も話さずにあの町にこの弟子を連れて行ったのか?」


「だってあそこは雨が降らないから、誰かに連れて行ってもらわないと行けないんだもの♪」


「そうじゃない、事情や問題を話さなかったのかって事だ」


「ご飯は食べちゃダメって言ったよ♪」


「それだけか?」


「あい♪」


 ディストはため息を吐いた。


「よく生きて帰ってこれたな、お前。あの町はよそ者を利用して栄えたところだ。そろそろ潰しにいかなきゃと思っていたんだが」


「一体何の事だ? 確かにあの町は異様な雰囲気ではあったが」


「あの町の機械は見たか? 周囲を涼しくするものだが、ただでは動かない。人手が必要だが、あの町の者は奇形が多い。だから他の町から来たものを逃がさないようにして、労働力にしているんだ」


「そうなのか」


 だから自分に一服盛ろうとしたのか。エフィラは飲んでも無事であったが。


「こいつは何を飲んでもすぐに解毒するから大丈夫だが、お前はそうじゃない。だから無事で良かったって話だ。まっ、数年あそこに居たらお前の体もボロボロになっていたがな」


 パラパラと白耳の女性が分厚い本をめくって見せてくれた。


「ここを見てくださぁい、ウォルくん。これはぁ日の光に当たらないとどうなるかって事がぁ、書かれているのぅ。怖いわよねぇ」


 町の人は暑さから逃れるために地下で暮らしていたが、その生活は日の光に一切当たらないというもの。そうすると皮膚や骨がもろくなり、日に当たれば肌も爛れるという弊害が起きる。


 そしてあの換気の悪い場所は、不衛生で異臭も漂っていた。それもあり町の人の健康状態は最悪なのだそうだ。


「町の人達を引っ越しさせて、あの機械を解体しなければならないな。周囲への影響も良くないし」


 その為に今からディスト達は行くらしい。


「だからお前に行くなよって言ったのに」


「だって気になったんだもん♪」


 ウォルは何と言っていいかわからなかった。


 二人は頻繁に連絡を取っていたのか、いつからの知り合いなのか。


 恐らくエフィラに聞いても正しくは返ってこないし、覚えていない可能性もある。


 ウォルはため息をついた。


「無事だったからいいですけど、今度は先に教えてくださいね」


「あい♪」


 元気に返事する姿は相変わらずだ。悪気も罪悪感もない。


「先生ぇ、そろそろ行きましょう~」


 日が落ちかけてきたくらいにラナが声を掛ける。


「そうだな、涼しくなってきたし。じゃあエフィラ、ウォル。またな」


「エフィラさん、ウォルくん、またねぇ」


 そう言って黒いキャリ―をゴロゴロと転がしながら、二人は行ってしまった。


「師匠、あの二人大丈夫でしょうか?」


 心配というわけではないが、やはり気になる。あの町の人達は夜であれば外に出ることも可能だろうし、ウォル達が逃げたとなれば別な労働力が必要になるだろうし。


「大丈夫♪ ディストは強いし♪」


 確かに良い体格をしていた。


「さて私達も行こ♪」


「……今夜はせめて危険なところは止めてください」


「あい♪」


 いまいち心配な返事である。

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クラゲの魔女 しろねこ。 @sironeko0704

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