第4話 暑くて、辛くて、でも離れられない③
きれいな肌をした少女は人形の様であった。
そう、まるで人形。
「元に、戻して」
少女は動くことが出来なくなった体で必死に訴える。
「何で? 折角綺麗になれたのに」
クラゲの魔女はキョトンとし黒耳の青年は額を抑えた。
(これは非常にまずい)
町の人から魔女に対してのヘイトが着々と溜まっていっている。
次渡す薬で三回目だから、クラゲの魔女はそれを最後にここを出ようと言うだろう。
(恐らく外は昼だよな)
外はまだまだ暑いだろうが、クラゲの魔女が町の人と話している間に逃げる算段をつける。
「綺麗? その為にこの子をこんな人形に変えたのか!」
ひと際大きな声で怒鳴る男性は少女に似ていた。
恐らく血縁だろう。
「師匠はその子の望みを叶えたかっただけで、つまりそれはその子の望んだ事です」
黒耳の青年は落ち着くように両手を前に出して、動きを制するように訴えながら話し続ける。
「ですが、その状態では何も出来ません。別な望みをお願いします」
「この子を元に戻せ!」
「それは無理♪ その子から直接言われたものでないと、薬は用意できないの♪」
あくまでも飲む人の望みを叶えるための薬だ。
言葉足らずでも副作用がどういうものでも、クラゲの魔女は言われたままに用意するだけだ。
「……」
少女は迷っている。
言葉次第で酷い目に合うと学習したのだろう。
どう言えば自分の望む薬が貰えるのか。
「肌が綺麗で、骨も歪に歪んでいない、でも思い通りに動かせる。皮膚ももう赤くなる事のない丈夫な体にして頂戴」
「あい♪」
クラゲの魔女は少女に薬を渡す。上手く飲めないようで、少女の父親らしき人物がその手伝いをした。
「行きますよ、師匠」
黒耳の青年はクラゲの魔女の入った箱の蓋を閉めて駆け出した。
少女の体が変化するのを見ることなく地上を目指し、足を動かした。
「待てっ、逃がすな!」
突然走り出した黒耳の青年の後を慌てて町の人達は追いかける。
少しの差ではあるが、それでもだいぶ距離は空いた。
振り返ることなく走る黒耳の青年と水で満たされた箱の中でくつろぐクラゲの魔女の耳に少女の絶叫が聞こえてくる。
「一体何の薬を飲ませたんです?」
「さぁ? でも動けるよ♪」
クラゲの魔女もあの不思議な薬の成分は詳しくは知らない。
「飲む人の考えや気持ちとかで変わるのよ♪ 後はサプライズが一つまみ♪」
「最後の成分が一番ヤバそうですね」
「あい♪」
肯定しているのかいないのかよくわからない。
◇◇◇
「ここまで来れば大丈夫でしょうか」
再びの炎天下。
帽子をかぶり、箱には布を被せ、日を遮るもののない道を黒耳の青年は戻っている。
町の人達が折ってくる気配はない。
「大丈夫♪ だって彼らは日に当たれば死んじゃうもの♪」
「何だか吸血鬼の様な特徴ですね」
「どちらかというと地底人♪」
普段から日の当たらない地下で暮らしているのだ。急にこのような日差しのもとへ出たら無事では済まないだろう。
「それにしてもまた熱くなった……早くあの町から離れましょう」
最初は日差しが強くなったかと思ったが、どうやら違うようだ。
熱風は町の方から来ている。
「もうあの町にはいけませんね」
あれだけ怒らせたのだからもう無理だろう。ほとぼりが冷めた頃でもごめんだ、またこの暑さを感じたくはない。
「もう町は無くなるわ♪」
「そう、なのですか? まぁあのような暑いところにずっと居られないですものね」
「あそこにいる人達は皆病気。もう長くないの♪」
「え?」
それは知らなかった。
「なぜ治さなかったのです?」
師匠の薬ならば治せたはずなのに。
「望まれたのは痛み止めと睡眠薬。治療薬は言われてないよ♪」
チャプチャプと水音が聞こえてくる。
「師匠、少しおっちょこちょいなのは知ってましたが。でもまさかあんな大勢を見捨てるなんて」
さすがに黒耳の青年は驚いた。
「日光不足でビタミン不足、骨も歪んで火傷肌、睡眠だってとれないわ♪ 体内時計は狂ってる、地下生活は危険なの♪」
だから体があんなに酷かったのか。痛み止めや睡眠薬はその為に必要だったのだろう。そして少女が特別な薬を欲しがったのもわかる。年頃の少女があのような状態は辛いだろう。
(師匠ならあの状態でも何とか出来たのでは)
その思いも次の言葉で消えた。
「だそしてあの人達はあなたに薬を盛ろうとしたの♪ あそこから逃がさないように♪」
「は?」
次から次に出てくる情報に驚いて頭が上手く働かない。
「逃がられないように薬漬けにして、あの子と結婚させて、そうして奥の機械を維持するために労働者を増やして町を保つ♪ 外の暑さはあの機械の放熱によるの♪ 昔は違ったのに♪」
クラゲの魔女の口調に変わりはない。けれど少し寂しそうに聞こえたのは黒耳の青年の気のせいだろうか。
「薬漬け、だから食事を食べるなと。師匠は平気なのですか?」
「平気♪ 美味しかった♪」
鋼の胃袋だなと黒耳の青年は思う。
「暑いのはあの機械のせいか」
「中は涼しいけれど、そとは激熱♪ 太陽に弱くなったのも、外に出られないのも自業自得♪」
そう言われて庇える程黒耳の青年は人間が出来ていない。
軽いショックを受けつつも再び黙々と歩きだす。
だいぶ歩いた頃にようやく緑が見えてきた。
そよそよとそよぐ草花を見て安心した、ようやく普通の世界に帰ってきたのだと。
休もうとした木陰の下で一人の男性がいるのが見えた。
大柄な体に白衣を纏い、いかついサングラスとマスクといったいかにも怪しいといった風貌をしている。黒く大きなキャリーケースを隣に置いて地べたに座り、鼾をかいている。
その側には細身の女性も座っている。切れ長の目に細長い尻尾、ぺたりと伏せた耳は真っ白だ。暇そうにマニキュアを塗った爪をいじっている。
「誰かを待っているのでしょうか」
怪しさ爆発の二人組に黒耳の青年は警戒した。
そんな黒耳の青年の視線に気づき、白耳の女性は隣で寝ている大柄な男性を揺り起こす。
「先生、先生。魔女さん達ですぅ」
およそ見た目に似つかわしくない可愛い声だ。
大柄な男は欠伸をする。サングラスをしているから見えないけれど、多分起きた。
そうして立ち上がり、大柄な男性は黒耳の青年に近付き声を掛ける。
正確には黒耳の青年の後ろの箱に、だ。
「久しぶりだな、元気にしていたか? エフィラ」
「久しぶり♪ ディスト♪」
どうやら二人は知り合いのようだ。
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