第3話 暑くて、辛くて、でも離れられない②

「今日は本当にありがとう。お礼にここに泊まっていって」


 色眼鏡の少女は二人に寝る場所を提供してくれる。


 穴を掘って作ったであろう簡素な部屋だ、でも電気が通っていて地下なのに明るい。


 原始的なような科学的なような所で、黒耳の青年は不思議に思う。


「ここは一体何なのでしょうか」


 色眼鏡の少女が去ってから黒耳の青年はクラゲの魔女に問う。


「地面の下♪」


「いえ、そうではなくて」


 まともな会話をしようとした黒耳の青年はハァっとため息をつく。


「まぁ薬が売れるのはいいですけれど、もう水は要りませんね。明日は普通にお金を貰いましょうか」


「あい♪」


 充分潤っているし、大丈夫だろう。


 チャプチャプと水の揺れる音がする。


 規則的なその音と水を得られた安堵感で眠たくなってきた。思えばずっと黒耳の青年は歩きどおしだ、疲れが出て当然だろう。


「私は良いけど、あなたはここのもの食べちゃダメよ」


「え?」


 唐突に言われた言葉に黒耳の青年は眠気を忘れ、目を開ける。


「それってどういう意味ですか?」


「ふふふ♪」


 意味ありげに笑うクラゲの魔女に黒耳の青年は首を傾げる。


 その時ノックの音がして色眼鏡の少女がドアを開けた。


「これ良かったら食べない? 口に合えばだけれど」


 美味しそうな匂いが漂うが、黒耳の青年は首を横に振る。


「嬉しいけれど、先程済ませてしまった」


「良ければ私に頂戴♪ 美味しそう♪」


 箱から身を乗り出し、クラゲの魔女はその食事を所望する。


 スープのようだが何が入っているかわからない。


「美味しかった、ご馳走様♪」


 しっかりと二人分を食べた魔女は欠伸をする。


「ではではまた明日♪ 明日もお薬買ってね♪」


 そう言うとクラゲの魔女の体は水に溶けたように透明になって、見えなくなってしまった。


「き、消えた?」


「そう見えるだけだよ。さて俺も寝ようかな。あぁ明日から薬はお金で売るから皆に伝えて。じゃあお休み、また明日」


 黒耳の青年も床に転がった。色眼鏡の少女は驚いた表情のまま外に出て、やがて電気は消えた。



 ◇◇◇



「起きて起きて♪」


 ぽわーっとした光が室内を満たす。


 声に導かれ黒耳の青年が目を開けると、クラゲの魔女が箱の中で発光していた。


「便利ですね。まるでルームランプだ」


「あい♪」


 褒められたと思ったのか、クラゲの魔女は嬉しそうだ。


 黒耳の青年はガサゴソと荷物を整え、クラゲの魔女の入った箱を背負う。


「これ飲んで♪」


「はい」


 説明もないけれど黒耳の青年は素直にそれを飲みほした。


 飢えや乾きが無くなり、体に力が漲る。


「それで地上に行くのでしょうか」


「ううん、違うよ♪」


 クラゲの魔女が指差したのは地下の更に奥だ。


 黒耳の青年は嫌そうに顔を顰める。


「あっちは何か臭いんですよね」


「お願い♪」


 師匠にそう言われては仕方ないと黒耳の青年は首肯した。


 クラゲの魔女の体の光がふっと消える。


 真っ暗闇の中、黒耳の青年は壁にぶつかることなくぐんぐんと進む。途中道端に人が寝ているが、それらも踏むことなく進んでいった。


 途中から我慢できなくなり鼻を抑えると、魔女がマスクを渡してくる。


「ありがとうございます」


「あい♪」


 奥に行くと次第に灯りが見えた。どんどんと近づくとそこには大きな機械が見える。


 地下の広い空間に大きな機械。ゴゥンゴゥンと音を立て、時折何かを吐き出すような音がする。上の方を見ると機械は地上の方に向かって伸びているようだった。


「何ですか、これ」


「暑さの元♪」


 クラゲの魔女はそう言うが、特に熱は感じない。寧ろ涼しくて気持ちい風が吹いていた。


 異臭は強いけれど。


「これが見たくて来たのですか?」


「あい♪」


 クラゲの魔女は頷いた。

 その後二人で元の部屋に戻り、翌日からまた薬を売る。


 ひと段落ついた時、色眼鏡の少女から相談があると言われた。


「人間になる薬が欲しいの」


「あい♪」


 すぐさまクラゲの魔女は薬を渡した。


「これで本当に人間になれるの?」


「あい♪」


 自信満々に頷くクラゲの魔女を見て、色眼鏡の少女は喜び帰っていく。


 翌日受けたのは罵倒の言葉だった。


「嘘つき!」


「人間になってない?」


 キョトンとするクラゲの魔女に向けて、色眼鏡の少女は自らの体を晒す。


「人間ならこんな体にならないでしょう!」


 皮膚は赤く爛れ、骨は変形している。


「師匠は言われたとおりの薬しか作らない。君の伝え方が悪いだけだ、皮膚が赤かろうが骨がおかしな方向を向いていようが、人間は人間だからな」


「じゃあ、体を綺麗に戻して!」


「あい♪」


 叫ぶように言う色眼鏡の少女に、クラゲの魔女は薬を渡そうとしたら、奪うようにもぎ取られた。


「次嘘ついたらただじゃおかないわよ!」


 勢いよくドアを閉められ、黒耳の青年は耳が痛いと蹲る。


「師匠、旅立つ準備をしておきましょうか」


「あい♪」


 チャプチャプと水音が響いた。


 翌日穏やかではないノックの音で二人は起きる事となった。


「開けろ! この魔女が!」


 ドアの外にいたのは大勢の人だ。


「ルナに何をしたんだ!」


「るな?」


 クラゲの魔女の頭に?が浮かぶ。


「お前らに部屋を貸している子だよ。朝起きてこなくておかしいと思ったら、こんな姿に……!」


 案内されるままに行くとそこには色眼鏡の少女が立っていた。


 肌は綺麗になっていて、骨にも変形は見られない、美しい少女の姿がそこにあった。



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