第2話 暑くて、辛くて、でも離れられない①

 俺は魔女の弟子だ。


 雨の日にズタボロだったところを拾って洗われて、それから世話された。


 俺だけではないらしい。会った事はないが、彼女の弟子は各地にいるらしい。


 魔女ってすごいな。


 何でも知っていて、そして少しぶっ飛んでいる。助けられた身分で文句は言いたくはないが。


 でも自分で死にに向かうのはさすがにヤバいと思うぞ?



 ◇◇◇



「暑い、溶けそう……」


「だから言ったでしょう、このようなところに来るのは無謀だと」


 クラゲの魔女入った箱を背負い、黒耳の青年はため息を吐く。


 天気は快晴で、とても暑い日差しが二人に向かって降り注いでいた。


 黒耳の青年は帽子を被り、水とクラゲの魔女で満たされた箱にも日除けの布を掛けているが、気休めにもならない。


(師匠に言われるままに進んで来たけれど、本当に町なんてあるのか?)


 黒耳の青年はともかく、クラゲの魔女は水がないと生きていけない。それなのに、この暑さのせいで水はどんどん減っていく。


 お湯のような温かさではあるが、かろうじてまだ残っている。が、それもこの暑さでいつなくなるか不明だ。


 水が無くなればクラゲの魔女は死んでしまう、それまでには町につきたいのだが。


「師匠、全然見えてきませんよ」


「もう少し先にあるはずなの~……」


 何度もした会話だが、どんどんとクラゲの魔女の元気はなくなっている。


 さすがに黒耳の青年は焦ってきた。


 いざとなれば自分用の水を上げればいいとは思うが、このような暑さでクラゲの魔女だけとなれば、すぐに干上がってしまうのは目に見えている。


 黒耳の青年が死ねばクラゲの魔女は死んでしまうし、クラゲの魔女が死ねば黒耳の青年も生きてはいけない。


 何とか水がある内に町まで行かなくては。


 黒耳の青年に出来るのは、足を止めずに歩く事だけ。



 ◇◇◇



 そうしてどれくらい進んだだろう。


 箱の中の水が三分の一ほどになり、クラゲの魔女がだいぶ縮んだ頃にようやく建物を見つけることが出来た。


 だがそこであったのは無人の町だった。


 とりあえず日差しを避けようと勝手に入った空き家で、黒耳の青年は腰を下ろす。


「師匠、ここに来たのはどれくらい前ですか?」


「んん~何十年前だろう?」


 飲み水を二人で分け、この後どうするのかを話し合う。

 今の時間は暑すぎるし、既に水も体力も相当消耗している。この状態で動くのは得策ではない。


「日が落ちるのを待って水を探し、来た道を戻りましょう。薬を売るならば人のいるところじゃないと。こんな過激な環境に居ませんて」


「あい……」


 しょんぼりとしながらもクラゲの魔女も頷いた。

 人がいないのであれば薬も売れないので仕方がない。


 その時空き家の床が軋む。


「あなた方、薬屋さんなの? お願い売って欲しい薬があるの。お金なら払うから」


 突如床の下から現れた少女に二人は驚いて固まった。


「驚かせてしまってごめんなさい、声が聞こえたから来てみたの。そうしたら薬を売ってるって聞こえたから」


 色眼鏡や帽子で肌を極端に隠した少女は二人に一緒に来て欲しいと頼む。床の下には階段があり、地下への道が続いていた。


 水はないものの涼しいそこに、クラゲの魔女はご機嫌だ。


「外は日光が強いから、皆地下にいるわ。だから誰も町にいないのよ」


「そうなのね♪ 久々に来たら誰もいないから滅んじゃったのかと思ってびっくりしたわ♪」


 さらりと酷い事を言うものだ。

 

「昔はこんなに暑くなかったのだけれど、ある時から急にね」


「そうなのですか」


 黒耳の青年は僅かに鼻に皺を寄せた。


(異臭がする)


 まぁ地下というものはそう言うものかとは思うが、少し警戒心が生まれる。


(師匠は当てにならないからな)


 楽観的で日和見主義だ。

 自分が何とかしないと黒耳の青年は警戒を強める。


「それで薬は何が欲しいの? しゃっくりを止める薬や、猫の言葉がわかる薬に、食べ物全てが甘くなる不思議な薬があるよ。ただしこちらは特別製、一人多くて三つまで♪」


 いつもの調子を取り戻してきたクラゲの魔女は楽しそうに謳いだす。


「師匠、あまり体力を使わないでください」


 暑さはないが。水の補給がまだだ。心配である。


「欲しいのは身体の痛みを消したり、夜眠れるようにする薬よ」


「あい♪」


 クラゲの魔女は鞄から二つ薬を取り出す。


「もっとある? 町の人の分も欲しいのだけれど」


「あい♪ 報酬はお水がいいな♪」


 鞄の中から大量の薬を出そうとしたところを、黒耳の青年が止める。


「ここで出さないでください。どうやって運ぶつもりですか」


 窘められクラゲの魔女は仕舞い直す。


「皆の元についたら水と引き換えに渡します。ですから案内をお願いします」


「わかったわ」


 色眼鏡の少女の後をついていくと徐々に人の気配を感じ始めた。


 異臭は濃くなっていき、黒耳の青年は思わず鼻を抑える。


「大丈夫? 風邪?」


「……そうですね、温度差にやられたようです」


 失礼な事は言えないと色眼鏡の少女に気を遣って匂いの事は言わない。


 けれど人のいるところに行くと匂いはどんどんきつくなっていった。クラゲの魔女は気にしていないようだが黒耳の青年は激臭に涙目だ。


(地下で暮らしているといったが、カビの匂いと、そして体臭か? こんなところで暮らすとは不衛生だ。耐えられない)


 暑さはあるものの外が恋しい。


 色眼鏡の少女は広いところに来ると大きな声を出す。


「薬屋さんが来てくれたわ。体の痛みを取る薬や眠れる薬を持っているって。報酬はお水、皆順番に並んで頂戴」


 そう言うとコップ一杯の水を持った町の人が並び始める。


 けして綺麗な水とは言い難いが、クラゲの魔女が入った箱の中はすぐにいっぱいになった。


「これで何とか帰れそうですね」


「あい♪」


 すっかり潤いを取り戻し、黒耳の青年もクラゲの魔女も一安心だ。


(でも妙な場所だ)


 落ち着いてくるとここの異様さが気になる。


 色眼鏡の少女も町の人も、皆地下にいるというのに肌を隠している。


 日の光が来ないここならば脱いでもいいのではないか?


 余計な事を言うものではないと黒耳の青年は思い返し、ひたすら薬を売り続ける。


 異臭は相変わらず鼻をついていた。




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