クラゲの魔女
しろねこ。
第1話 振り向いて、見つめて、その後は
この村には魔女が来る。雨の日にだけ現れる不思議な魔女が。
大きな透明な傘を被り、その傘からは透明な蔓のようなものがふわふわと数本垂れ下がっている。
クリクリとした大きな目は宝石のように澄んでいて、ご機嫌に鼻歌を歌っていた。
「お薬お薬お薬いかが♪ さぁさ見てって頂戴な」
肩から大きなバッグを下げて、村の中を歩いていく。
「しゃっくりを止める薬や、猫の言葉がわかる薬に、食べ物全てが甘くなる不思議な薬があるよ。ただしこちらは特別製、一人多くて三つまで♪ 何でもあるよ♪」
ニコニコと笑う魔女のもとに皆が傘を出して集まっていく。
「毎度〜♪」
売れるのは病気に効く薬や熱冷まし、痛み止め、普通の薬のほうだ。
どれもドギツイ色をした薬だが、あっという間にバックからは薬瓶が消え、その代わりにお金が詰まる。
皆がひと通り去ってから、一人の少女が魔女を見ていた。
「お薬お薬色々あるよ♪ 何がほしい?」
魔女は歌いながら少女に近づく。
小さな声で少女は言う。
「好きな人を振り向かせる薬はありますか?」
「特別製ね、はいどうぞ♪」
少女の言葉に魔女は薬を渡す。
「好きな人を見ながらこれを飲んで♪ 振り向いてくれるよ♪」
少女は喜びながら帰っていく。
魔女もまた雨が止む前に何処かに消えた。
「嘘つき!」
次の雨の日、少女は魔女に空になった薬瓶を投げつける。
「振り向いてくれたでしょ?」
投げられた薬瓶を拾い、バッグにしまう。
「全然よ! 彼は振り向いてくれなかったわ!」
魔女は首を傾げる。
「いっぱい目は合ったでしょ?」
「合ったけど……って振り向くってそういう意味?!」
「あい♪」
解釈の違いに少女はがく然とした。
「違うわ。振り向くっていうのは、私だけを見つめて好きになるって事よ」
「ではこれどうぞ♪」
魔女がまた薬を差し出す。
「あなただけを好きになって、見つめて、離れない。べた惚れになる薬だよ♪」
「惚れ薬って事?」
「あい♪」
少女は訝し気な目で魔女を見る。
「次失敗したら、お金返してよね」
「あい♪」
去ってゆく少女を見て、魔女は手を振る。
そうしてまた雨が止む前に消えた。
「何とかして!」
魔女が村に入る前に少女が泣きついてきた。
「どうしたの? あぁそちらが恋人だね♪」
良かったねと魔女は微笑む。
「良くない、早く助けて!」
少女の体にしがみつき離れない男性を何とかはがそうとしている。
「好きだ」
そう言って離れない男性に魔女は笑いかける。
「お幸せに♪」
「ふざけんな!」
少女が恐ろしい形相で怒りを露わにした。
「見つめて、離れなくて、好きと言ってくれる、これが惚れるという事でしょ?」
キョトンとする魔女に向かい、殴りかかろうとするが、男性が邪魔だ。
「限度があるでしょ! 好きって言ってくれるのは嬉しいけど、四六時中そうなのよ?! お父さんもお母さんも怒るし、早く魔女に頼んで来いって言われたわ。それに彼の両親にも怒られて……」
少女が泣き崩れる。
「失敗? 失敗?」
魔女は困ったように眉を顰める。
「大失敗よ!」
「では次は何望む?」
チャリチャリと今までのお金が少女に振ってきた。
「でも次最後。あとはもう渡せないよ♪」
「それならこの効果を失くす薬を頂戴」
「それは無理。あたしの薬は上書きだけ。削除は出来ないの♪」
魔女は笑う。
「三つ目の薬は何がいい? さぁさ教えて。何でもあるよ」
少女はごくりと喉を鳴らす。
この一回しかチャンスはない。
(彼を、私から離して欲しい。でもそうすると一生会えない。でも彼の両親には嫌われたし……もう結ばれることはないかもしれない。でも諦めきれない)
少女は悩んだ。
雨の中一生懸命頭を悩ませる。
「そろそろ雨やんじゃうね、もう帰らなきゃ♪」
「ま、待って!」
少女は魔女の腕を掴もうとしたが、するりと滑って掴めない。
「残念、時間切れ♪ また今度♪」
「待って、決めたわ。彼と離れる薬を頂戴!」
このままの状態で次までなんて待てない。
「離れるけど、友人として、知り合いとしては近くに居たい。恋人にはなれなくても近くで見る分にはいいでしょ?」
「あい♪」
少女に薬を渡す。
「最後の最後だよ♪ じゃあまたね♪」
雨の中、魔女は消えていく。
少女が急いで薬を飲むと男性は正気に戻る。
少女は説明し、懸命に謝った。
「そんな事があったのか。怒ってないよ、俺達友人だろ?」
そう言われて少女は喜ぶ。
遠くから見ていた片思いから、友人になったのだ。
これでいい、これで良かったんだと安心する。
(分不相応に恋人と望んだのがいけなかったんだ。これからは友人として彼の側に居よう)
少女と男性は仲良く帰っていく。
黒髪黒耳の褐色の肌をした青年がそれを木陰から静かに見据えていた。
背中には大きな箱を背負っている。
「師匠、あれで良いのですか?」
「いいのよ♪ これでもう二度と薬で人を操ろうと思わないで欲しいわね」
背負われた箱の中から声がして、時折チャプチャプと水音がした。
「愛も恋も素敵♪ でもそれは一歩間違えると危険なもの、あの子もわかってくれるといいのだけど♪」
「でもあんなに仲良さそうだけど。二人が恋人になる事はないのでしょう?」
最後に言ったのは友人になる事だ。
「そうなるとあの少女はまた師匠の薬を欲しがるのでは?」
「そうならないように三回って決めてるの、依存しちゃうからね♪ だから三回薬を飲む子がいたら、別なところに行くのよ♪」
「だから俺にこれに水をいれてついて来いって言ったのですか」
「そうよ♪ 助かるわ♪」
水がないと動けなくなってしまう。
だからこうして弟子がいるのは嬉しい。
「師匠の薬は凄いけど甘すぎます」
箱を持つために筋力を上げる薬を飲んだが、甘くて戻しそうだった。
「じゃあ今度は酸っぱくすればいい?」
「極端です、普通にしてください」
「あい♪」
その返事に不安を感じる。
この魔女は丁度いいという加減がわからない。特に感情の機微がさっぱりだ。
だから少女に渡した薬も極端さを極めたものであった。
(まあ生活費もある程度稼げたからいいけど、しばらくあの村には行けないという事だな)
気を付けるだけはそれくらいか。
クラゲの魔女の薬は普通のはとても効く。それだけ売っていれば相応のお金は入るのにそうはならない。
彼女の一風変わった特別製のものを欲しがるものがいる限り。
箱の中から歌が聞こえてくる。子どものような声だが、年は相当上なはずと思った。
黒髪黒耳の青年はその歌声を耳にしながら、家路への歩みを進めていく。
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