これは俺とクソガキの決死の恋を綴った物語

矢矧草子

第1話「初対面」

「ねえ、おじさん。タバコおいしい?」

「は?」

「タバコっておいしいの?」


 どうみても喫煙所には似合わない女の子がドアを開けやがった。若く見えるのもそうだが、今時よほどの不良じゃないと吸わない代物を、好き好んで吸ってるようには見えない。そういう少女。


美味うまいから吸っとるんちゃうのよ。君にはまだ早いから。出てってちょうだい」

「ねえ、おじさんさち薄いよね」

「はあ」

「ねね。どう?」


 考えを改めよう。多分こいつはよほどの変わり者だ。だから吸っててもおかしくないかもしれない。初対面の人間にさちが薄いかどうかなんて、どういう教育を受けてるのか。

 いや、違う。ドッキリか? YouTuberが喫煙所のおじさんに声をかけてみた的な奴か。じゃあ相手にするまでもないか。適当に返事をして終わらせるか。未成年に副流煙を吸わせたなんてなったら、それこそ大問題になる。


「あのさ。喫煙所に未成年は入っちゃあかんのだわ。出て行った方がえわ」

「大丈夫。この辺人少ないから。それよりもおじさん、やっぱ幸薄いよね」

「はあ」

「性格もじ曲がってるし」

「……」

「モテなさそうだし」

「……」

「タバコ吸ってるし」

「……」

「そんなおじさんに朗報です! おじさんは小説家になれます」

「はあ?」

「だから、おじさん。私のこと殺してみない?」


 やっぱり言わんこっちゃないな。ドッキリか。これで、こいつの言葉を信用したら大問題だって騒ぎ立てる。きっとそこのコンビニの陰に仲間が隠れてるんだろう。

 そう思えばこいつは顔が整いすぎとる。こうやって男を釣るための餌か。これはそうに違いない。確信できる。俺の感がそう言ってる。

 じゃあ、あえて乗るか? いや、危険か。はたから見ればあえて乗ってるようには見えない。というか、どうせそういう編集される。ここは無視が一番か。


「じゃ、これに殺し方書いてきて。次の日曜日にまたここ集合ね!」

「うわっ。おい」

「おじさん、頑張ってねー!」


 投げつけられたのは何だ。ノート? 随分とよれてやがる。何が書いてあるんだ。


――6月11日のおじさん

――ナイフで刺す。刺して刺して刺しまくる。血飛沫しぶきを上げさせる。

――判定:却下。詰まんない。


 なんだこれ。次。


――6月26日のおじさん

――ゆっくり肉を削ぐ。血がだらだらと出ても止めない。体の先から中心に向かってゆっくり。

――判定:却下。凌遅刑りょうちけいって言葉ぐらい使ってほしい。学がなさすぎる。


 次。


――7月9日のおじさん

――つめをはぐ。かみの毛をむしる。たばこをおしつける。

――判定:却下。拷問ごうもんは求めてない。あと漢字知らなさすぎ。


 そうか。殺していいなら、拷問ごうもんをしてもいいと思うのか。なるほど。


――7月16日のおじさん

――セックスしながら首絞めて、中出し。そのまま首を絞めて殺す。

――判定:悪くないけど下品。


 殺すことを求めてるのに。随分な言い方やな。


――7月23日のおじさん

――毎日少しずつヒ素を飲ませる。

――判定:悪くないけど、ビビッと来ない。


 これは。難儀なんぎやな。この後の人たちはどうしたんだ。


――7月27日のおじさん

――感電死。

――判定:


 ビビッに釣られすぎだろ。これはコメントする気にもならなかったか。


――7月30日のおじさん

――ホラー映画を再現するように殺す。

――判定:具体的なホラー映画が何も出てこないから却下。どうせ目についた映画題材にするだけ。もっと厳選してほしい。


 言いたいことは分かるかもしれない。が。あまりに難題が降ってきたな。つまり、知識がある範囲で殺すってことか。


――8月4日のおじさん

――殴り続ける。とにかく殴り続ける。死なない程度にボコボコにする。もう死んだ方がましだと思うまでボコボコに殴る。

――判定:却下。おじさんガリガリすぎ。


 せめてもうちょっと見合うように考えろっていうことか。


――8月11日のおじさん


 で、俺かー。どうするか。殺し方に問題があるのか? 時間の問題でもなさそう。ビビッと。ビビッと。

 殺さなきゃいけないのか。なぜ死にたいのか。いや、待てよ。さっきあいつは何て言った。

――おじさんは小説家になれます。だから、おじさん。私のこと殺してみない?――

 小説家になれる。つまり、小説に書いて遜色そんしょくのない殺し方が求められているのか。そうか。あいつは死にたいんじゃない。殺しをさせたいんだ。

 なら考えるのは、なぜ俺はあいつを殺したくなるのか。殺す動機か。人はなぜ人を殺すのか。裁判記録を調べてみるか。

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