第6話「初めてのタバコ」

「いただきます」

「どうぞー」


 朝御飯を食べることにもすっかり慣れ始め、これまでの昼夕夜の三食は朝昼夜の三食に変わった。だから、この昼飯も当たり前のように二食目になる。

 しかし、目の前に人が居るのに無言で繰り広げられる食事にはなかなか慣れない。と言うよりも、なんとなく居心地が悪い。

 もちろん一人で飯を食うよりも良い。いや、たぶん良いかもしれないぐらい。

 食卓を囲むなんて言葉もある。きっと一人よりかは良いんだろう。

 時折「おいしい?」と聞かれれば、決まって「普通」と答えるだけの食卓。

 茶色いものが並ぶより、健康にも良いような気がする。


「ねえ、罰ゲームはどうする?」

「ん?」

「いつまで、エッチにする? 日曜日のお昼までにしよっか。晋吾さん、仕事ツラくなっちゃうもんね」

「そ、そうだな」

「じゃ、いただきますしたらだね」

「ああ」

「ねえ、安心した? それともがっかりした?」

「いや、えっと」

「大丈夫。次の金曜日にはまたその時間が来るから」

「そういうわけじゃ」

「晋吾さんってさ、タバコ吸わないと死んじゃうの?」

「唐突だな。死にはせんが、なんだろな。吸いたくなるから吸ってるだけで」

くさいから、嫌なんだけど」

「今さら」

「でも今のうち言わないと。ねね、吸ってみても良い?」

「いや、臭いんだろ? 嫌いなんだろ?」

「でも、何も知らないままで否定するのはよくないって言うか」

「タバコに関しては、百害あって一理なしって言うだろ。十分健康被害のことも知ってるだろ」

「晋吾さんも知ってるよね?」

「まあな。ある程度は」

「なのに吸ってるじゃん。じゃあ私も、吸ってみたら何か分かるかなーって」

「オススメはしないぞ」

「でも止めはしない、と」

「やりたいならやってみれば良い。けど、後悔するぞ」

「麻薬と一緒だもんね。ニコチンって。ねえ、どうしたら良いの?」

「とりあえずくわえてろ。火付けてやる」

「うん!」

「おい」

「ん?」

「吸えって」

「吸う?」

「あー、えっとな。火を当てるだけじゃ付かねえから、吸うんだよ」

「あ、酸素入れるってことね」

「そう。吸って」

「ゲッホ、ゴホッ。オッハッ、ゲッ。ゲッホゲッホ」

「そのまま肺に入れちゃ死ぬから、一回口に貯めるんだよ」

「先に、ゴッホゴッホ、言ってよー」

「悪い」

「ワンモア」

「もう付いてっから、それ吸え」

「付けてもらいたいの」

「それもったいねえだろ」

「じゃ、晋吾さんが吸えば良いじゃん」

「チッ。はあ。なんで吸いかけを」

「でもチューしてる仲じゃん」

「いちいちそれを出すな。まあいい、ほれ」

「はい。じゃ、付けて」

「ほれ。で、口に煙を貯めるだろ。で、その状態でタバコを外して、息を吸う」

「すぅー、ゲホッ。ゲッホゲッホ。んんっ。ゴホッ、ゲッホ。うげー」

「ダメか」

「よくこんなことできるね」

「慣れだ、慣れ」

「しかも、めっちゃ、ゲホッゲッホ、目に染みるし。慣れしか言わないじゃん。ねえ、慣れたら吸えるの?」

「かもな。あとは、これがキツすぎるかもな」

「キツイ?」

「この数字が、タバコのキツさで。大きいほどキツイんだわ」

「じゃ、小さいやつなら吸えるかも?」

「今度1ミリとか買ってみるか? そんなに吸いたいなら」

「いいね! 今いこう!」




「吸えるね」

「そうか」

「ねえ、タバコっていつ吸いたくなるの?」

「あー、飯食った後とか、酒飲んでるときとか。あとは朝起きた時もだな」

「でも朝吸ってるとこ見たことないよ」

「あー、最近はそうだな。会社着いてから吸ってるな」

「えー! 明日からは一緒に吸お?」

「やめとけって」

「ねえ、どう? タバコ。似合う?」

「似合わん」

「えー。せっかく吸ったのにー。あ、嬉しい?」

「何が?」

「私と一緒に吸えて嬉しくない?」

「いや、別に」

「もー、照れちゃってー」

「照れてるつもりはないが」

「いいんだよ? もっと素直になっても」

「素直か。季衣菜と最初に会った時、滅茶苦茶頭がおかしいやつだと思ってた」

「掘り返すね」

「頭がおかしすぎて、絶対タバコ吸ってると思った」

「そっちはどうでもよくて。思ってたってことは、今は?」

「いや今もだが、ベクトルが違う」

「どんな?」

「言葉で説明できんが、こう、ネジが外れてんなーって思ってた」

「今は?」

「そもそも、ネジなんて付いてなかったんだろうなーって」

「ひっどーい。でも、今は予想通りになったね」

「後追いで喫煙者になってもな」

「でもこれさー、匂いが付いちゃうよね」

「あ? ああ」

「もっと匂いが付きにくいのとか」

「知らん」

「あー、そうやって適当に返事する」

「知らんもんは知らん。仕方ない」

「あの言葉、言っちゃうよ?」

「それは、ちょっと」

「んふー。顔は嫌がってないよ? ダメだよー、ちゃんとホントに嫌な演技しなきゃ。ま。分かっちゃうけどねー」

「くっ」

「ねえ、私のこと好きになりそう?」

「んー、そう聞かれると。分からん」

「この前の話なんだけど。晋吾さんは、なんで告白したの?」

「なんでって。はやし立てられたからか」


「え、自分から言ったんじゃないの?」

「こう、なんだろな。この中で誰がタイプ? みたいなやつでな。まあ、雰囲気で答えたらこれを引きずられてな」

「あー、それでコクっちゃったんだ」

「いや、もう一段階あって。そのあとしばらくして、まだ好きなの? とか飲み会で聞かれてな。好きじゃないとか言うのも失礼だしな。まあ、とか適当に答えてな

あー」

「そしたら、あれよあれよと色々セッティングされてな。もう告白せんとどうにもならん雰囲気にされて」

「で、告白しちゃったんだ」

「今になって思うと、ホント失礼かました」

「晋吾さんのせいだけじゃないけど」

「いや、俺の心が弱いから仕方ないんだけどな」

「ねえねえ、じゃあさ。その子のこと、なんでタイプだったの?」

「タイプか。一番は話しやすさだな。今思うと、向こうが聞き上手なだけかもしれんが」

「そういうのは良いから。それだけ?」

「分からん。あとはあんまり可愛い子はちょっとな」

「なにそれ、キモ。あと、その子に失礼」

「うるせえな。顔が良いやつが俺に振り向くわけねえから足踏みしやすいって話だろうが」

「え、私は?」

「顔は整ってはいるな」

「なんか微妙な言い方。可愛い?」

「可愛いかどうかは、どうだろうな。もう分からん」

「なにそれ」

「一緒にいる時間が長すぎて客観的な判断ができん」

「今見て! どう?」

「そもそも、俺は顔で判断してねえからな」

「え、なにそれ。私の性格良いってこと? 頭おかしいと思ってるのに? 変なの」

「ちょっとくらい変な方が人間味があるだろ」

「でも、変すぎたら?」

「分からん」

「もー、さっきから分からんばっかだよ」

「お前はどうなんだよ。顔が良いから釣れたと思ってんのか」

「まず、チューの時間だよ」

「ほんと、マメだよな」

「今は褒め言葉として。んっ。もらっておいてあげるね」

「で、どうなんだよ」

「やっぱ最初は顔でしょ。私可愛いし。だからおじさんに声かけても話聞いてもらいやすいから。あ、今のおじさんは違うからね」

「一般的なってことだろ」

「さっすが、分かってるねー」

「で、どうなんだよ。そろそろなんで俺に声かけたんだよ」

「あー、えっと。それなしにしてもいい?」

「声かけたことを?」

「じゃなくて。最初の出会いところ。あれ聞くのちょっとやだなって」

「やだって。新しいルールかよ」

「そうなるけど。晋吾さんが嫌ならやめる」

「いや、別にいい。そもそも今までルール勝手に作ってたくせによく言うぜ」

「今までのルールは私に惚れてもらうためだからいいの! でも、これはちょっと違うから」

「まあ、嫌ならいい。やめよう。悪かった」

「謝らなくて良いから。私のエゴだから」

「エゴまみれの癖に、これだけしおらしくなるな。キャラがぶれる。やりにくい

「やりにくいって、エッチの話?」

「そういうことじゃ」

「んーん、私は結構本気だよ? 晋吾さんからエッチしたいと思われるくらい好きになってもらわないと!」

「健気なこった」

「ちょっと! しれっとタバコ出さないでよ」

「あ? 俺の自由だろ」

「ってか、もう吸いたいの?」

「分からん。自然と手が伸びてた」

「これからは、吸いたくなったら言って。私も吸う」

「やめとけって」

「じゃ、吸わなければ良いじゃん。はい、火付けてあげる」

「あのなあ」

「で、私も。付けて」

「ほれ」

「んー。すぅー。ゴホッ。きつーい」

「だから」

「でも、好き。晋吾さんと一緒だから」

「はあ」

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これは俺とクソガキの決死の恋を綴った物語 矢矧草子 @yahagi_soushi

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