月が一緒に走ってくれた 🚗

上月くるを

月が一緒に走ってくれた 🚗





 長引いた打ち合わせがようやく終了したとき、時計は午後九時半をまわっていた。

 十人のメンバーは全員地元だが、ヨウコさんは数百キロを帰らなくてはならない。


 まだ高速道路が拓けていなかったので、現在では下の道と呼ぶ国道をひた走って。

 小学生の子どもたちがふたりだけで待っている家に、一刻も早くたどり着きたい。


 気ばかり焦らせて真っ暗な海岸沿いを突き進むと、凍った道まで波しぶきが飛んで来てまた凍る。内陸部の住人にとって冬の日本海はとてつもなく凶暴な猛獣だった。


 たったひとつだけ救いがあった、早く早くと気ばかり焦る車に伴走してくれる月。

 助手席の窓の中空に浮かんだ三日月が、守り神のようにずっとついて来てくれた。


 


       🌙




 だが、それも国道と呼ぶにはあまりに屈折した帰路が内陸部へ折れるまでだった。

 猛烈に吹雪く空に月はなく、深夜便大型トラックのヘッドライトの列が目を射る。


 チェーンで踏み固められた道の運転は、スリップしバウンドし、ほとんど曲芸技。

 ハンドルにしがみつきながらテープの竹内まりあさんをエンドレスで聴いていた。


 ♪ けんかをやめて…… 自分のためにふたりの男たちが競う、いい気なものだ。

 いやなら聴かなければいいのに、音がないと、異界の魔物に魅入られそうだった。




      👻




 前からは対向車のヘッドライト、うしろからは後続車のテールライトに煽られた。

 そのほぼ全車両が超大型車なので、一台はさまれた乗用車は生きた心地がしない。


 子どもだけで母の帰りを待っているむすめたち……しずくが頬を止め処なく伝う。

 間断なく降る雪&オレンジのライト&自身のなみだで視界は滲みっぱなしだった。


 ようやっと豪雪地帯を抜け出すと、車内の時刻表示は午前一時半をまわっていた。

 これから二時間はかかるだろう、ふと気づくと月がふたたび伴走してくれていた。


 


      🌠




 晴れのコロナ明けで旅行に出かける人が多いらしい。

 あなたは行かないの? ヨウコさんもよく訊かれる。


 そのたびに、いくつもの県を越しても必ず日帰りだった出張の記憶がよみがえる。

 そうねえ……曖昧に答えながら、内心では、家にいるのが一番だよと思っている。




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