腐った桃太郎

死神王

本編

 桃から生まれた桃太郎は非常に清廉な方であった。生まれた時から正義を身体中に染み込ませ、日々稽古に励み、おじいさんとおばあさんからは絶大な信頼を受けていた。そんな日々のことであった。桃太郎の稽古が終わると、おじいさんはのろのろと桃太郎のもとへ歩いた。

「桃太郎、お前に鬼退治をしてもらいたい。」

 桃太郎は子供の頃から鬼について知らされていた。鬼が村の人々を無闇に襲い、多くの人々を攫っていることを。そして鬼退治を達成することこそが、大人として一人前になれる条件であることを。最近、桃太郎の師であった初老までもが鬼に攫われてしまったこともあり、桃太郎の胸には鬼を倒さねばならぬという信念が通っていた。

「任せてください。私に出来る事なら何でもします。」

 躍起になった桃太郎は直ぐに準備を始めた。護身用の刀を背中に縛り、松明を腰に据え、真っ白なはちまきを頭に巻いた。おばあさんは桃太郎にきびだんごを四つ拵えると出発の際にこう告げた。

「鬼は鬼ヶ島と呼ばれる孤島にいます。どうやら村の人々から奪い取った財宝もあるようです。それらを持ち帰ってきなさい。どうぞ御無事で。」

 出発した桃太郎は歩きながら思索にふけた。鬼がどの程度いるか検討がつかない以上、こちらもある程度仲間を集める必要があると、桃太郎は判断した。道を歩いていると、川の辺で男が昼寝をしていた。桃太郎は男を起こすと、

「これこれ、私は鬼退治を命じられた、桃太郎である。鬼退治に同行してほしい。」

 と居丈高に述べた。すると、男は応じる気配もなく、

「人が寝ているのに起こして、なんだその物言いは。さてはお前、人にものを頼むという事がわかってないんだな。」

 と怒りを顕にした。桃太郎はこの崇高な目的であれば、仲間は来るだろうと確信をしていた。それが故にこの反応に驚いた。

「申し訳ありません。私の御無礼をお許しください。しかし、鬼退治には仲間が必要なのです。私は一人前になるための試練を受けているのです。これ、見てください。このきびだんごはその為に拵えたものです。」

 桃太郎は必死に弁明を試みた。しかし、頭に血が登った男は聞く耳を持たず、きびだんごを掴んで川に投げ捨てると、どこかへ行ってしまった。

 自分の行いを反省した桃太郎は改めて他の人に同行を依頼した。しかし、全員がそれを拒否した。人々は口を揃えて「鬼退治はしたくない。」としか言わなかった。途方に暮れた桃太郎は犬を見つけた。桃太郎はもう藁にもすがる思いで犬に話しかけた。

「もしもし、私は桃太郎です。鬼退治へと向かっているのですが、お供頂けませんか。」

「鬼退治?それは面白い。」

 犬は不気味に笑い、こちらへ近づいてきた。

「俺は鬼退治を長年してきた事がある。俺が一緒にいれば、鬼退治は余裕だぜ。」

「本当ですか、それは有難い。」

 犬では頼りないと思っていたが、意外な返答に驚きながらも、内心安心した。

「ただ、」

 犬は続けた。

「鬼退治ってのは命をかけた仕事だ。そう易々とやれるものではない。」

「では、どうしたらいいんですか?」

「報酬として財宝の半分を分けろ。」

「財宝の半分?とんでもない。あれは村の人々の奪われた富です。それを他に渡すなど面目が立ちません。」

「ああ、まあ、そうだな。だが、鬼退治は一人ではできないぞ。しかも、財宝はたんまりとある。山分けしても問題はない。」

「しかし、それはー」

 桃太郎は言葉に詰まってしまった。

「なんだ、じゃあ交渉は決裂だな。」

 犬はそっぽを向いて帰ろうとした。桃太郎は迷いながらも鬼退治に独りで立ち向かう事への不安から逃げ出せなかった。

「わかりました。半分は厳しいですが、三分の一ならお渡しします。それでいいですか?」

 桃太郎は叫ぶと、犬は振り返り、これまた不気味な笑顔を見せながら、

「おう、いいよ。」

 と応えた。

 次の日には、犬は同じく鬼退治経験のある猿と雉を連れてきた。犬の経歴はその名の通りで桃太郎は犬から鬼退治における要点や、鬼ヶ島までの最短の道筋を教えてもらった。また、鬼は刀で首を落とすのが早い殺し方だと教えてもらった。

 日々は経ち、遂に鬼ヶ島へ向かう日になった。雉は空を飛び方向を指示し、猿はその方向へと舵を切り、犬は帆を満開に張った。鬼ヶ島がじんわりと見えてきた。そこは灰色に染った暗い島で、遠くからも陰湿な感じが桃太郎にも伝わった。犬が桃太郎に話しかけた。

「きびだんごをくれ、俺たちはあれがないと力が出ないんだ。お前も後で食べておくといいぞ。」

 桃太郎は三つのきびだんごを犬に渡した。後になって自分のきびだんごがない事に気づいたが、気にしないことにした。

 鬼ヶ島に到着すると、桃太郎が名乗りをあげる前に犬、猿、雉は雄叫びを挙げながら、奥へと走っていった。桃太郎は三匹を追いかけ、そこにあった地獄をみた。そこに居たのは鬼ではなかった。人であった。犬は人の首元に噛み付くと、そのまま肉を引きちぎり、猿は顔に飛びつくや否や目をくり抜き、雉は腹を捌くと、腸を摘み取り出した。人々は叫びながら、逃げ出した。

「これは、なんなんですか。」

 桃太郎は犬に尋ねたが、返事はなかった。三匹の目に正気はなく、まるで、頭のこわれた怪物のようであった。地獄を見るに堪えない桃太郎はそこから逃げ出し、近くの洞窟へと駆け込んだ。洞窟の中は暗く、持っていた提灯を使い奥へと向かうと、奥には沢山の人々が隠れていた。桃太郎を見るやいなや人々は混乱し、叫び始めた。

「みつかった!おわりだ!ころされる!」

「おねがいだ!ころさないでくれ!」

「ころされるくらいなら、ころしてやる!」

 人々が叫び近づく中、桃太郎が震え立ちすくんでいると、聞き覚えのある声が聞こえた。

「まってくれ、彼をころさないでくれ。」

 奥から、古ぼけた老人が現れた。それは、桃太郎の師であった初老だった。

 桃太郎はそこで腹黒い真実を知らされた。

 この島は金や銀が多く採れる場所で、ここの人々は借金や病気や様々な理由で連れてこられ強制の労働をされているのだ。勿論、島で働く身になればこれらの財宝を村に送ろうと思う訳がないので、このように若者を一人前の試練と称して向かわせて、強奪させているのだ。そして、初老自身もこの黒い真実を桃太郎に知らせようとして捕まってしまったのであった。

「貴方が貰ったであろうきびだんごは精神や肉体に異常を与える作用がある。お前は偶然食べなかったのだな。」

 初老はほっと胸を撫で下ろし、言葉を続けた。

「私達はこのような機会の為にずっと力を蓄えてきた。今こそ立ち上がる時だ。桃太郎、力を貸してくれ。」

 初老は安心しきってこちらに右手を差しのべてきた。その顔は安堵に充ちていた。

 さて、その後、桃太郎はどうしたのだろうか。昔の物語に目を通せば、桃太郎は鬼を倒し、財宝を持ち帰っている。どういうことだろうか。その時、桃太郎の頭の中にあったのは現状を経験に照らして正当化することだった。幼少期からの信条であった鬼という概念を簡単に否定する事は難しかったようだ。

 桃太郎はふとある事を思い出した。いや、作り出したのかもしれない。鬼は非常に狡猾で桃太郎自身を誑かす存在だと、思い出した。桃太郎は更に確信した、私が強く信頼する初老に化け、このように油断をさせようとするのはまさに私が考えていた鬼そのものではないか、と。桃太郎は刀で初老の右腕を切り落とした。野太い悲鳴が洞窟内に響いた。桃太郎は無心に刀を振るい首を落とし、松明を鬼に押し付け、身体を焼いた。鬼達の死体は無惨に捨てられ、体からはどんよりとした液体が流れていた。

 さあ、桃太郎は鬼退治を終え、村へと帰った。おじいさんとおばあさんは桃太郎の栄誉を称えた。

「流石桃太郎、あっぱれじゃ。」

 おじいさんは桃太郎の肩を叩き、笑顔を振りまいた。おばあさんは桃太郎のはちまきをとって

「まあ、こんなに真っ赤になって、大変な事でしたね。」

 と桃太郎をいたわった。

 桃太郎は達成感という絶対的な幸福で身体を満たしていた。桃太郎はその後立派な大人になって、幸せな日々を過ごしたそうな。

 いやはや、桃太郎は非常に清廉な方であった。

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