第26話 コーヘイ、モテる!?
第一王女『聖女』プラテネム・アールヴは魔王国において可憐の代名詞である。
聖霊の加護による強い魔力を有してなお透き通るような白い肌。ピンクシルバーに煌めく長い髪。この世に妖精という物が存在するならば、恐らくは彼女のような見た目に違いないと言われていた。
「68ー、69ー、70ー、70ー、70ー、ほれほれ、身体が地面についてないぞ!」
その可憐の代名詞である聖女は現在、日の沈みかけた草原の只中にあり、あずき色のジャージ姿で黒猫を背中に腕立て伏せの真っ最中であった。
「はい! 教官殿!」
気合の入った返事に『教官殿』役のオーガストの指導にも熱が入る。先ほどからキャロラインはハラハラし通しである。
「98ー、99ー、100ー! よーし、今日はここまで!」
「ありが……とう……ごじゃました……」
黒猫も自分の仕事は終わったとばかりに背中から降り、伸びをしてから欠伸をひとつ。
可憐な聖女は『大の字』に寝転がり荒い息をする。
『お姉さま、魔法が使えなくなってしまいましたの』
大陸の東の果てに『神の国』と呼ばれる失われた文明の都市があり、そこに『偉大な精霊術使い』が住んでいるらしいので診てもらいたいのだ、と。まるで「お姉ちゃんが風邪ひいたからちょっと病院で診てもらって来てほしいの」くらいのゆるい口調で王女イデアが笑いながら話すのを聞いたときは、さすがのコーヘイもハンモックから落ちそうになるくらいには驚いた。
しかも、また王族とその護衛達との気を遣う旅である。
『今回は極秘でのお願いになるので、最低限の人数でお連れ頂きたいのです』
本来は私も……といいかけたイデアの言葉にかぶせて、喜びの二つ返事で了承した。また気楽なアウトドア生活ができるのだ、なぜか不機嫌に通信を切られてしまったのは気にしない。
結局のところキャロライン一人が随伴したところを見ると、他に適役がいなかったのだろう。
「コーヘイ様、本日も頑張りましたよ」
「お疲れさん。カリス―、お姫さんのトレーニング終わったから晩飯にするか」
「まぁっておりました! カレーの準備もバッチリでありますよ」
詳しい所は分からないが、どうやら『魔法の行使』というのは突き詰めると『魔力操作』という物が根本にあるらしい。魔王国の聖女は膨大な魔力を必要とする大魔法を使った結果、その魔力操作の回路にどこか不調を来たしたのではないか、というのが専門家の見立てであった。その不調を改善するために、と始めたのが、弱い身体強化の魔法を使いながらの実際の体力強化。実際、コーヘイの栄養ドリンクで回復したものの長い間寝ていたため筋力は確実に低下しているわけで、それをトレーニングと共に回復してやろうというのである。
しかし……。
「どー見ても、お姫さんがイデア王女たちよりも10歳も年上とは思えないんだよな」
城で初めて姿を見た時からの疑問をぶつけてみた。
「実は……魔力を消費してしまった事で縮んでしまいましたの」
本来でしたらカリスなどにも負けないくらい、こう出るところは出て……とアピールをしかけてキャロラインから咎められる。それほど張り追う事ではないだろう。
「コーヘー、モテモテじゃないのー」
男よりも巨乳の女の子が好きだと最近になってカミングアウトしたミズキがニヤニヤしながらからかう。先ほど暇つぶしに開催した『美味しいソーセージの焼き方講座』の片付けついでに、イプシロンとイエラキの三人で宴会を始めていたようで、紙コップを持つ肘でつついてきた。
「いやいや、中身はどうあれ今はチビッ子だろ? モテるも何もないだろよ」
「そんなのんきなこと言ってると諦められちゃうわよ」
「ん?」
「コーヘーは良い奴だから、わらしのお嫁さん候補たちに手を出すのをゆりゅしてあげよーと、そういってんの。わかる?」
いつもにはない面倒くさい絡まれ方だ。
「おい、イプシロン。何飲ませた?」
「この『リンゴ』ラベルのボトルの酒を……」
飲みはしないがカッコいいから積んでいた65度のアップルブランデーだ。たしか城では凄い値段で取引されていたと聞いたような。
しかし大怪獣ミズキの活動限界は350ml缶3本である。少しの間ウザがらみをした後、すぐに電源が落ちた。憎たらしいくらい良い笑顔で大口を開けて寝ている。
「自分が運んできますよ」
「すまんな、カリス」
良く動く娘だと思う。それだけに、まだ元の世界に戻る可能性を捨てきれない今、この世界に未練を残してはいけないという気持ちも強くなる。と言い訳をしながら、多忙で会えないことを理由に浮気をされた挙句に捨てられるという元の世界の傷がまだ癒えていないという認識はあった。
人に心を許すのにはもう少し時間がかかりそうだ。
バンコン異世界アウトドア ~万能キャンピングカーでレッツ大逆転!~ たちばなやしおり @yashiori
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