第25話 【閑話】人工知能は可憐な少女の夢を見るか

「天空の守神様、今日も素晴らしい一日をお与えください」


 短い祈りの言葉の後、大きめの風魔法を天にむかって放つ。

 太陽の出る方角を背にしてミズキは空に祈るのが日課であった。神とか奇跡とかいうものとは縁遠いと思われる魔法理論の塊な彼女にしては珍しい民俗的な行為であった。


「人の生死や運不運とか、理論理屈で語れない事柄が存在する以上、アタシたちも『そういう物が存在する』ということを認める必要性はあるのよ」


 もしもの時に助けてもらえたらラッキーじゃないの、と稀代の魔法少女は笑うのだ。

 宇宙は真っ暗であるといわれるが、星々の輝きを平均化すると淡いカフェラテのような色合いになるのだとか。もっともこれは無数にある銀河の平均なので『銀河の平均色』というべきかもしれないが。

 そんなコズミック・ラテに包まれながら、可憐な少女の声が聞こえた。これは夢か幻か……。


 気が付けば彼はそこに『あった』。

 人類科学の粋を集めた自立型多用途衛星、と持て囃されたのは昔の話。しばらく時を経た今では攻撃のみに特化しすぎた燃費の悪いポンコツ衛星である。広範囲掃討兵器、精密射撃、気象兵器、国家間の戦時国際法など存在しなかった時代に積載された兵器の数々は存在自体が『悪』であり、爆破廃棄を待つだけの存在だった。

 が……。


『……ソーラー充電30%。人工知能LR起動』


 これまで何万回と行ってきた周囲のスキャニングに異常が発生した。

 データにない地表情報、大気組成、エーテル濃度。少ない充電は瞬く間に尽き、再度しばしの眠りにつくことになる。


『友軍識別信号162835-0657、イプシロン』


 膨大な情報の書き換え中に唯一照合できた情報、それがイプシロンからの信号だった。彼もまた戦闘に特化しすぎたために冷遇されていた英雄である。サイバー化された身体は高出力の兵器を扱うことができた半面、規制されるのも早かった。随分と身勝手なものだ。

 いくつかのサイバー部門と連絡を取り合い、人類に対して抗議行動を行おうとしていた矢先の事だった。この訳の分からない状況になったのは。


「おお、LRですか。アナタもこっちに来ていたのですね」


 久ぶりの交信で彼は随分と穏やかになっていた。

 優秀な戦闘マシーンとして多くの武勲を立てた兵士が笑いながら何人かで酒を飲んでいる。その中で屈託のない笑顔で肉の塊にかじりつく一人の少女。声紋一致。聞こえたのは彼女の声だった。


『守らねばならない』


 それは、人類を守るために生まれた『彼』の本能だったかもしれなかった。

 朝、夜明けとともに起きて祈りを捧げた後、もう一度昼まで寝る。遅い朝食の後、分厚い書物を読んだり、猫を追いかけては居心地の良い場所を見つけて昼寝をする。夕食の後に湯浴みをする。やはり、大きいよりは控えめな方が良いと思うのは自身を開発した研究者の趣味が反映されている部分が多いように感じられる。


「むむむ、……穿て、『魔弾の矢』」


「どうしたんでありますか? 魔法なんか空に飛ばして」


「失礼な視線を感じたわ」


 パリン。


 恐るべき感知能力と正確な狙撃である。なんの、たかがサブカメラをやられただけだ。予備のレンズはあるが、おっかないのでいい加減にしておく。紳士は礼節を重んじるものである。

 ある日はイプシロンからの報告による『魔物』という悪意の生物達が大量に発生している状況だった。

 無数の、正確な数でいうなれば237体のマーカーが点灯する。これは守りがいがあると思った矢先。


『……切り裂け、『風舞刃』


  一瞬に、同時に、目標消失。戦術兵器にも匹敵するエネルギーが弾けたのを観測した。

 そんなに頑張って守らなくても良いかもしれない。それよりも、晴れた穏やかな日を届け、雨は夜に降らせるような過ごしやすい環境づくりをしていこう。それこそ彼にしかできないことであった。

 やがて彼女を含む地上部隊とコミュニケーションが取れるようになり、そこで得た彼の主な仕事は『畑の管理』とミズキと名乗った少女の遊び相手であった。


  ……人工知能は可憐な少女の夢を見るか。


『(=゜ω゜)ノ』

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