もじゃもじゃ君

青時雨

もじゃもじゃ君

小さい頃、眠れない夜には必ず暗がりにふたつの目が現れた。

まあるい瞳は愛嬌があって、ちっとも怖くなんてなかった。

もじゃもじゃとした体は大きくて、ベッドから抜け出した僕はパジャマのままよく抱きついたっけ。

毛糸みたいなもじゃもじゃの毛は、頬に当たるとくすぐったかった。

もじゃもじゃ君は無口だったけど、僕の話をじっと聞いてくれた。

僕の大事な秘密の友達。

夜にしか現れなくて、お父さんとお母さんにも紹介しようとしたけどふたりには見えないみたい。

僕ともじゃもじゃ君はずっと一緒だよって約束したんだ。



☆☆☆



高校の時、初めて挫折をした。それまで自分はヒーローか王子様か何かなんじゃないかなんて、物凄い過大評価をしていたけど、そんなことなかったって思い知った。

僕が自信をなくした夜、もじゃもじゃ君は初めて姿を現してくれなかった。

ずっと一緒だって約束したのに。

もじゃもじゃ君の嘘つき。



大学生の時、初めて恋をした。

それまでそういうことには疎かった僕の瞳に、彼女は輝いて見えたんだ。

だけど彼女はたぶん、別の人が好きだった。

失恋って、話ではよく聞いてたけど、想像以上につらいんだね。

話を聞いてほしい時に限って、もじゃもじゃ君はいなくって。

もういいよ、もうもじゃもじゃ君なんか友達じゃない。



大人になるにつれて忙しくなる日々。もじゃもじゃ君を待っていた夜も、いつしかただ眠るだけの夜になっていて。

今日は会えるかな、が、今日もどうせ会えないになっていった。

毎日イライラして、愚痴ばっかりが口をついて出て、こんな自分大嫌いだ。

きっともじゃもじゃ君だって、こんな僕だから傍に居てくれなくなったんだ。




☆☆☆




今日も疲れた。

仕事は覚えたてだから仕方ないんだけど、自分の不甲斐なさが嫌になる。友達はみんな会社で上手くいってるみたいなのに、不器用な僕は叱られてばっかり。根気よく叱ってくれている上司にもなんだか申し訳ない。

今の会社に入った理由は朧気に覚えてるけど、小さい頃の夢なんて今更思い出せないなぁ。

密かに憧れていた女性ひとにも、どうやら素敵な恋人がいたみたい。

追い討ちをかけるように雪まで降ってきた。傘持って来てないのに、本当になんかついてないなぁ。

ふと目に入ったベンチに腰掛ける。

そこは街頭の明かりに照らされていたけど、行き交う人々は綺麗な雪に足を止めることもない。

傘が邪魔をして視界が狭くなっているだろうし、いい歳した男が涙を流していても誰も気づかないだろう。










どれくらいそうしていただろうか。

気がついたら頭や肩に雪が積もっていた。

体は冷えきって、そろそろ家に帰ろうかと思い立ったけれど、一度流した涙は思うように止まらない。



「困ったなぁ…」



ふと懐かしい感じがした。

ずりずりと何かを引きずるような音。

街頭の向こう、はらはらと雪の降る暗い道。

まあるい目がふたつ見えた。

目の前まで来たそれは、毛糸を少し凍らせていた。



「なんだよ、今更…」



無言で立ち尽くすもじゃもじゃ君。気づけば辺りに人は見当たらない。

だからつい、話しかけてしまった。今話したら、色んな気持ちが濁流みたいに溢れて、もじゃもじゃ君に八つ当たりしちゃうこと、わかってたのに。



「約束を破ったのに、今更僕に何の用があるの?。上手くいってない僕を笑いにきた?。それとも慰めに?それならいらないよッ」



冷えていた体はどんどん熱くなっていって、はぁはぁと泣きながら怒って喚き散らす今の僕はとてつもなくかっこ悪いんだろうなぁ。

わかってるのに、もじゃもじゃ君の前では子どもの頃みたいになってしまう。

静かに手を差し出したもじゃもじゃ君。

もじゃもじゃ君が持っているものを見て、思わず息を飲む。



「…なんで、持ってるんだよ」



涙を拭うことも忘れ、それを受け取る。

夢と挫折だ。

もう片方の手が差し出したものにも、覚えがあった。

これは初恋と失恋か。

その他にも、僕がここに来るまでに捨ててきたものばかり。

もじゃもじゃ君は無言のまま、それを僕に渡してくる。

まるで捨てちゃだめだと言い聞かせるように。



「もしかして、ずっと探してくれてたの?」



自信はどこかでなくした。

夢も、初恋も、失恋だって…。

それ以外になくしてた気持ちも全部全部。

僕にとって決していらなくない大切な気持ち、そう思って探しに行ってたの?

こんなに小さくなって、汚れて、凍ってまで。…もじゃもじゃ君が小さく見えるのは、僕が大きくなったからかな。



「ありがとう」



両手を広げて、もじゃもじゃ君に抱きつく。

もじゃもじゃ君の持ってきてくれた僕の気持ちは、結構重かった。

ずっとこれを持って、僕の人生を後ろから追いかけてきてくれてたんだね。

ありがとう。もうどんな気持ちだって捨てずに大切にするよ。

だからまた…



「一緒にいてよ、もじゃもじゃ君」



靴の中にだって雪が入ってしまったのに、今はとても暖かい。

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