第3話

 こうして俺と南沢は付き合うことになった。その前に改めて俺からもちゃんと告白した。「志垣ってマジメすぎ」と南沢には笑われたけど、俺も好きだって言いたかったんだ。

 告白した後にしたキスは本当に気持ちがよくて、雲の上を歩いているみたいなフワフワした気持ちになった。そんな頭だったからか、南沢も少しだけ顔が赤くなっているように見えた。


「告白されたのもしたのも初めて、付き合うのも初めて。それにキスも初めてだったんだよね」


 今日もいつもどおりモデルとして座っている南沢が、確認するみたいにそんなことを口にした。


「だって、キスって好きな人とするものだろ?」

「はぁ。志垣がピュアすぎて、何だか悪いことしてるみたいな気がしてくる」

「どういう意味?」

「ううん、何でもない」


 どうしてか困ったような顔をした南沢だったけど、その後はいつもどおりの綺麗な笑顔に戻った。そんな綺麗な顔を見ていると、やっぱり何で俺なんかを好きになったんだろうって疑問に思う。


「志垣のほうこそどうかした? 変な顔してる」

「どうかしたっていうか、俺でいいのかなって思って」

「なんだ、そんなこと」


 俺にとってはけっこう重要なことなのに、南沢は何でもないことみたいに答えた。そんな南沢に少しだけ眉を寄せると、「ほんと、志垣って面白いよね」と笑いながら俺を見た。


「本格的に気になり始めたのは、図書室でキスを見られたときからかな」

「あー……、あれは、ええと」


 そういえば、あのときは結局ちゃんと謝ることができなかった。せっかく話に出たんだから「あのときはごめん」って言えばいいんだろうけど、誰かとキスしていた南沢を思い出すとモヤモヤして言葉が出てこなくなる。それを誤魔化すように「あのとき俺、何かしたっけ?」と聞いた。


「何もしなかったからだよ」

「へ?」

「ほかのヤツだったら、あそこで俺にキスしてた」

「そ、んなことしたら、犯罪だと思う」


 そう言いながらも、いまの俺だったらキスしていたかもしれないと思った。「何考えてんだ」と少し焦った俺に、南沢が「やっぱり志垣はマジメでピュアだね」と笑っている。

 南沢はいつも俺のことを「マジメだな」とか「ピュアだね」とか言う。でも俺だって下心を抱くことはあるし、言われるほど真面目じゃない。


「そんなに真面目じゃないと思うんだけど」

「ふはっ、そういうところがマジメなんだって。……そういうところにも惹かれたんだろうけど」

「え? 何か言った?」


 最後のほうが聞き取れなくて聞き返したら、「なんでもない」と微笑まれた。すっかり見慣れたはずの笑顔なのに、目にするだけで俺の顔はすぐに熱くなる。


(笑顔どころか、正面から見るだけで照れくさくなるんだよな)


 だから、こうしてモデルをしているとき以外はあまり顔を見られないままだ。


(本当は、もうモデルは必要ないんだけど……)


 それなのに南沢をじっくり見たくてモデルを続けてもらっていた。いまだって短い昼休み時間なのに、二人並んで美術室に来て昼ご飯もそこそこに俺はキャンバスの前に座りながら南沢を見ている。


(ほら、俺はピュアなんかじゃない)


 それに俺が本当に真面目でピュアだったら学校でキスしたりはしない。最近では南沢に誘われるままにどこでもキスしている気がする。とくに美術室にいるときは長いキスだってするくらいだ。今日も誰もいないのをいいことに、美術室に入ってすぐキスをした。


(そういえば、昼休みに誰も来なくなったけどどうしたんだろ)


 以前は数人が昼休みも美術室に来て絵を描いていた。それなのに最近は南沢と二人きりになる日がほとんどだ。誰に聞いても「あー、昼休みはちょっと」と言葉を濁すばかりで理由はわからない。


(そういや「南沢に言われて」って言ってた奴もいたけど、何だったんだろう)


 南沢に聞いても「みんな俺たちに気を遣ってくれてるんだよ」と笑うばかりだ。というか、言葉どおりなら部員全員が俺と南沢が付き合っているのを知っていることになる。


(それって、どうなんだろ……)


 さすがに少し恥ずかしい気がする。


「あとは、この先どうやって進めるかが問題だよなぁ」

「うん? 何?」


 考えごとをしていたせいで、また南沢の言葉を聞き逃してしまった。


「何でもない」

「ほんとに? 疲れたなら言ってよ」」

「大丈夫。っていうか、志垣に見つめられると興奮しちゃうなぁとは思ってる」

「……南沢、いまはモデルに集中して」

「はぁい」


 笑っている南沢を睨んだけど、そう言った俺のほうが集中できない気がした。それを誤魔化すように食べかけのパンを囓り、筆を手に取る。


(……うん、いい感じに仕上がってきた)


 自分で言うのも何だけど、本当にいい絵になってきたと思う。とくに南沢と付き合い始めてからは絵に色気が出てきたような気がする。周囲の評判もますます上々で、絵を見た南沢もすごく喜んでくれた。


(人物画がこんなに面白いなんて、初めて思ったかも)


 せっかくだから、あと何枚か南沢をモデルにして描いてみたい。元々人物画は得意じゃなかったんだけど、描きたい気持ちになるのはモデルがいいからだろうか。

 そう思って見た南沢は場違いなくらい綺麗だった。そんな南沢と付き合っているなんて、やっぱり夢じゃないかと思ってしまう。


「ため息なんかついて、もしかして何か失敗した?」

「え? あ、違う違う。絵はすごく順調なんだけど……」

「だけど?」

「その、やっぱりいまでも南沢と付き合ってるのが信じられないっていうかさ」

「そうかな。俺は絶対に付き合うって思ってたけど」

「いやいや、だって俺だよ? こんな普通の奴だし地味キャラだし。それに比べて南沢はさ、その……綺麗だし、モテるって聞いてたから」

「モテてたのは本当だけど、本気で俺のこと好きだったヤツなんていなかったんじゃないかな。みんな俺の顔ばっかり見てたし」

「そんなことはないと思うけど」

「そんなことあるんだって。顔だけ見てれば女子みたいだって言われたこともあったしね」

「……それはひどい」

「ははっ。志垣って優しいなぁ。それに俺から見たら志垣だって十分かっこいいと思うよ? 絵を描いているときの眼差しなんてスナイパーかと思った」

「スナイパーって、なんだよそれ」


 思わず笑ったら、南沢も「あはは」と笑った。


「……図書室のときさ、俺を変な目で見なかったの、志垣が初めてだったんだ」

「変な目?」

「具体的に言うなら、ヤりたがっている目。もしくはヤらせてくれるんじゃないかって勝手に期待する目。クラスでもそんなふうな目で見ないの志垣くらいだったから、気になってた」

「え?」

「俺、初日から志垣のこと気づいてたからね? それにチラチラ見られてるのも気づいてた。だけどずっと普通の視線だったし、図書室での後も普通だったし、それがなんかうれしかったっていうかさ」

「……そっか」

「うん、そう。それと、やっぱりピュアすぎて眩しい」

「それって古臭いってこと?」

「違う違う。俺と正反対ってことで褒め言葉」


 立ち上がった南沢が微笑みながら近づいてきた。


「もしかしたら、見られてるって気づいたときから惹かれてたのかもね」

「なに言ってんの」

「一目惚れだったかもしれないよ? あ! もしかしたらフラグだったとか? ほら、漫画とかであるやつ。俺と志垣は運命の相手なんだよ」

「なに言ってんだか」

「ははっ。でも、俺が志垣を好きなのは本当だからね」


 南沢の綺麗な顔が近づいてきて、チュッと唇に吸いついてきた。それだけで俺の下半身はみっともないくらいに興奮してしまう。南沢はそれをわかっていて、学校でこんなふうにキスしてくるに違いない。

 薄々気づいているけど、俺はキスをとめようとはしなかった。ちょっと前までの俺だったら絶対にとめていたはずだから、やっぱり真面目でもピュアでもないと思う。

 それをアピールしたくて、吸いつく南沢の唇をほんの少し噛んでみた。そうして細い肩を掴みながら立ち上がり、ぎゅうっと抱きしめる。そのままちょっとだけ興奮している下半身を擦りつけたりした。すると、キスをしたまま南沢が笑うのがわかった。


「……なんで笑うんだよ」

「だって、ピュアな志垣が積極的になってくれるのがうれしくてさ。あー、どうしよう、俺やばいかもしれない」

「どういう意味?」

「興奮しすぎて、早くキスの先がしたくなってきたってこと」

「……エロ魔人」

「志垣限定だから、いいの」


 そう言って笑う南沢は、とても綺麗で色っぽかった。ズボンの前部分が若干きつくなってくるのを感じながら、今度は俺のほうからキスをした。

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