第2話
「ね、俺って志垣からこう見られてるってことだよね?」
あと少しで完成するかなというタイミングで、南沢にそう言われて首を傾げた。
「え? 何?」
「この絵のこと。志垣の目には、俺がこう見えてるってことでしょ?」
「……どこか変かな」
改めてキャンバスを見る。おかしなところはないと思うけど、もしかして気に入らないのだろうか。
周りの評判もそこそこで自分でも気に入っているものの、モデル本人が気に入らないと言うならそれはそれで問題だ。不安になって隣に立つ南沢を見上げると、「違う違う」と小さく笑われた。
「俺、志垣にこういうふうに見られているんだなぁって思ったらうれしくて」
「うれしい?」
「そ。表情は優しいし、色づかいも柔らかいし、本物の俺よりすごく綺麗に描いてもらってる気がする」
「……ありがと」
「俺のほうこそ、ありがとう。志垣のモデルになって、ほんとよかった。志垣に見つめられるのもすごく心地いいしね」
そう言って笑った顔はやたら綺麗だった。同じくらい色っぽくて、俺の顔は一気に真っ赤になる。
クラスメイトになって初めて知った南沢は、いつの間にか俺の中で大きな存在になっていた。ほんのちょっと笑うだけでドキドキして、ほかの誰かに笑いかけることに少し傷ついて、近づいて来る気配に緊張したりして。モデルとして見ているはずなのに、自分の視線に別の気持ちが入り込んでいることにも気づいていた。
俺は、いつの間にか南沢のことが好きになっていた。
小学校から高校までエスカレーター式の男子校に通っているけど、同性にこんな感情を抱いたのは初めてだ。周りにそういう人たちがいたからショックに思ったりはしないけど、だからといって戸惑いがないわけじゃない。
同性で付き合う人たちがいる環境でも、誰もが同性に恋愛感情を向けられて抵抗がないわけじゃないと思う。それに南沢には告白されても本気で付き合ったりしないという噂もあった。そんな南沢が俺の気持ちを知ったら、どう思うだろう。
(きっと困るよな)
俺みたいな地味キャラに好きになられても迷惑なだけだ。だから、この気持ちは隠しておこうと思った。俺にはいまの関係がちょうどいいし、こうして毎日顔を合わせて話ができるだけで十分だ。いまみたいな仲のいい友達関係が続けばいいと本気で思っている。
(そう思ってたのに、いまので絶対にバレた)
告白されまくってきた南沢なら、顔が真っ赤になった俺の気持ちなんてすぐに気づくはず。早く誤魔化さないと友達でいられなくなるかもしれない。そう思っているのに、焦りすぎて何も出てこなかった。
そんな俺を、南沢はじっと見下ろしていた。綺麗な顔が何を考えているのかわからなくて、焦りながら俺もじっと見つめ続ける。
「ね、もし俺がさ……俺が、志垣のことが好きだって言ったら、志垣は困る?」
「え……?」
何て言われたのかわからなくて口をぽかんと開けてしまった。そんな俺の表情がおかしいのか、クスッと笑った南沢が少しだけ屈んでから口を開いた。
「ね、困る?」
やけに色っぽい南沢の声が頭の中でこだました。
(南沢が、俺を好き……?)
最初に思ったのは「まさか」だった。人気者で一年のときから告白されまくっている南沢が、地味キャラでついこの前まで何の接点もなかった俺を好きになるなんて、あり得ない。わかっているのに、俺の頭はパニックになっているのか「志垣のことが好き」というフレーズをやたらと何度もくり返し始めた。
「やっぱり困るか」
不意に聞こえてきた残念そうな声に、慌てて首を横に振った。困るなんて、そんなことがあるはずがない。夢かもしれないと思って自分の頬をつねってみた。
そんな俺を笑いながら立ち上がらせた南沢は、「よかった」と言って抱きついてきた。ますますパニックになった俺の右手から筆が落ちたけど、そんなことを気にしている場合じゃない。
「志垣のこと、本当に好きなんだ」
耳元でそんな言葉を言われたら、力が抜けてふにゃふにゃになってしまう。俺は生まれて初めて“腰砕け”というものを体験することになった。
「ね、志垣は俺のこと好き?」
囁き声に背中がゾクゾクする。俺と南沢は身長がほとんど同じくらいだから、抱きついている南沢の口が俺の耳にくっつきそうだ。いまも息が耳に当たっていて、それだけで鳥肌が立つように首がぞわっとした。
俺は人形みたいにカクカクと首を縦に動かした。男なら「好きだ」と返事をするとか、それよりもしっかり抱き返すとかしたほうがいいんだろうけど、やっぱり人形になったみたいに口も腕も動かない。
「よかった。っていうか、そうだろうなとは思ってたけど、やっぱり確認しておきたくてさ」
そんなことを言いながら、柔らかいものが耳たぶに触れて「ひゃっ!?」と悲鳴を上げてしまった。驚きすぎて肩も跳ね上がったと思う。
「ははっ。志垣ってほんといい反応するよね」
「み、なみさ、」
「何だか悪いことしてるみたいな気がしてきた」
「あの、」
「ね、もしかしてこういうの初めてとか?」
「こ、告白とか、されたことないし、」
「ってことは、キスも初めてか」
「……馬鹿にしてる?」
ちょっと笑っているような声に思わずムッとしてしまった。すると、南沢が「違う違う」と言って、またぎゅうっと抱きしめてきた。
「志垣の初めてをもらえるんだと思ったら、ちょっと興奮しただけ」
「はじめて、って……」
「そうでしょ?」
「そう、だけど」
改めて言われると何だか恥ずかしい。
「ね、キスしよ?」
「……へ?」
体を離した南沢が、にっこり笑いながらそんなことを言った。
「両思いになった記念に、キスしよ」
「キス……って、ええと、ここで?」
「うん、ここで」
「あの、いますぐ?」
「うん、いますぐ」
「でも、ここ美術室だし、」
「大丈夫、ちゃんと鍵締めたから」
「え?」
「ほんとはキス以上のことも考えて鍵締めておいたんだけど、とりあえずキスだけでもいいかな」
「キス以上って、ちょっ、南沢、」
綺麗な顔がグンと近づいてきて驚いた。本当にキスしようとしているんだと思って慌てて止めようとしたけど、力の抜けた俺の腕なんてまったく役に立たない。
「ほら、目閉じて」
「南、……っ」
視点が合わないくらい近づいた顔に慌てて目を閉じる。すると、温かくて柔らかなものが唇に触れた。最初はちょんとくっつけるみたいに、それからもう少し強くくっついて、今度はぎゅっとくっついてからペロッと舐められた。
「っ」
「……ふはっ。志垣、ちょっと緊張しすぎ」
「……だって」
「そんな志垣も好きだけどね」
鼻がくっつきそうな距離でそんなことを言われたら、ますますドキドキしてしまう。それにキスは初めてなんだ。南沢は慣れているかもしれないけど、俺はどうすればいいのかわからないんだ。
「志垣のファーストキスがもらえて、ほんとにうれしい」
「……改めて言わなくていいから」
「キスくらいでそんなに照れられると、この先をしたときどうするんだろってちょっと心配になる」
「この先?」
「そう。俺は志垣の童貞ももらう気満々だからね」
童貞という言葉に、またもや顔が真っ赤になった。
「あ、大丈夫。志垣は突っ込むほうだから」
「え?」
「志垣のコレを、俺に入れるってこと」
「これ」と言いながら股間を撫でられてギョッとした。何よりもそこがちょっとだけ反応していることに驚いた。
「ほんと志垣っていいな。これから、ゆっくりじっくり先に進もうね」
そう言って笑っている南沢の綺麗で色っぽい顔に、俺は頷くこともできずただ全身を真っ赤にするばかりだった。
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