BBK54(幕末・幕府海軍54隻)モノ語り
小烏 つむぎ
第1話 悲劇の鉄女(ストーンウォール)
うっうっ…。
わたしはね、ずーっと待っていたの。
わたしが必要だってそう言っ……言ってくれる人を。
ごめんなさい。
えっぐぐ。
ちょっとハンカチを貸してもらえるかしら。
ありがとう。
ブピピピ!
あ!ごめんなさい!
ハンカチが焦げてしまったわ!
わたし、フランス生まれの二本マストのブリック。名前は『ストーンウォール』っていうの。アメリカが南北戦争をしている頃のことよ。アメリカの南軍に求められたの。
嬉しかったわ。
でもね、生まれた途端、い…いらないって……。
その後デンマーク、キューバ、アメリカとたらい回しされてね……。どこもわたしなんて、い、いら…ない…って。わたし、なんのために生まれたの?もう海の藻屑になりたかったわ。
そんな時よ!
トクガワの侍がやって来たのは。彼は、それはそれは熱い目でわたしを見つめたの。
それでね。
わたしを欲しいって!
わたしをよ!
この鉄の肌を温かい手のひらでそっと撫でてくれたわ。
ああ!
わたし、そこから溶けてしまうかと思った。
通訳をしたのは、えっと、あー、ユキーチ・フクザーワだったかしら。
わたしね、他の船とはちょっと顔が違うの。大きい船ではないんだけど、顎がぐんと突き出ていてね。これは、敵艦に突っ込んで相手に穴を開けるためなのね。穴を開けるとそこから浸水するでしょ。そのためにわたし、分厚い鉄で装甲されているのよ。そう、わたし鉄の女なの。
わたしは初めて
日本でのわたしの艦長(船将)はどんな人なのかしら?
彼はわたしを愛してくれるかしら?
わたしは彼を愛せるかしら?
もうワクワクして、あっという間の航海だった。そうしてトクガワの、アノ侍の待つ日本に到着したのよ。
それがね、横浜に着いてもアノ侍は迎えに来てくれないの。あんなに熱い瞳でわたしを見つめてくれていたのに。何日も、何か月も。ずっとずっと…ず、ずっと、ま。待ったのよ。
ごめんなさい。
テッシュ、下さる?
ううう……。
ブビビビ!
そうね、一年くらい、アノ人を待ったわ。
でもね、アノ人は来なかった。
いえ、来たのかもしれない。その頃わたしを連れて来たアメリカ人は、トクガワにはわたしを渡せないって言い張っていたの。
わたしはトクガワの船となるために
やっと来た迎えは、全く知らない人間だった。『
やっとトクガワの人たちと会えたのはね、宮古湾でだったわ。
あれは、早朝のこと。
霧の中から大女が現れたのよ。
彼女、「トクガワの『
「嵐ではぐれてしまったけど、『
「貴女の船将オガサワラは、『
それを聞いたときのわたしの気持ち、わかってくれる?
わたしの船将!?
わたしの船将ですって!
天にも昇るってこういうことを言うのね。
「貴女、ちょっとごめんなさいね。
本当は、貴女と同寸の『
『
んまぁ!その重さったら!
もうちょっとダイエットなさったら?って言いたいのを、ものすごく苦労して飲み込んだわ。
彼女の甲板の上で、一人の侍が「アボルダージュ!!」って叫んだ。アボルダージュ作戦!敵の軍艦に乗り移りってその船を奪取する戦法よ!
わたし、わかったわ!
トクガワが、
わたしの船将オガサワラが、わたしを奪いに来てくれたってね!
嬉しかった!
やっとトクガワの元に行けるんだわ!
なのに。
アボルダージュのためにわたしに乗り上げた『
それでも黒服を着た大将、トシュゾー・ヒジィカータが「怯むな!」って叫んだ。その号令でたくさんの侍が飛び降りたわ。
でもね、
わたしの最新のガトリング砲が火を吹いた。迎えにきたトクガワの侍たちがバタバタと倒れた。『
撤収って……。
そう叫んだの。
そうして……、
『
それから、ゆっくりわたしから離れて行ったわ。
わたしの甲板に残されたトクガワの侍たちはことごとく殺られてしまった。
あああ!
なんてこと!
もう、わたし、アノ人にもオガサワラにも、顔向け出来ない!
こんなことになって、もうアノ人は迎えに来てくれない。
それからのことは、あまり覚えていないの。
そうね、箱館に行ったわ。敵はトクガワの船たちだった。宮古湾でわたしを迎えに来てくれた『
その後『
トクガワのアノ人にもオガサワラにも会えないまま21年が過ぎたわ。わたしは用済みになって解体された。自慢の甲鉄は浅草の火力発電所で使われたの。
わたし、もう敵艦じゃないわ。
だから、ねぇ。
オガサワラは許してくれるかしら。
アノ人、会いに来てくれないかしら。
もう一度あの手のひらのぬくもりを、わたしにくれないかしら。
*******************
ブリッグ
軍艦の種類
10から20の砲門を持つ船のうち、2本のマストを持つ帆船
速度が速く操帆が容易
旗艦
海軍用語
部隊の中心となる司令官が乗る旗を掲げた船のこと
宮古湾海戦時の船将(艦長)は、長州の中島
《宮古湾海戦の旧幕府軍の参加艦と搭乗者》
回天(旗艦)
艦将・甲賀源吾
総司令官 海軍奉行・荒井郁之助、
検分役 陸軍奉行・土方歳三
彰義隊10名、神木隊36名
蟠竜
艦将・松岡磐吉
新選組10名、彰義隊10名、遊撃隊12名
高雄
艦将・古川節蔵
神木隊25名
甲鉄への接舷は蟠竜と高雄の小型艦2隻で行い、回天は大型外輪船で接舷が難しいため援護にあたる予定であった
BBK54(幕末・幕府海軍54隻)モノ語り 小烏 つむぎ @9875hh564
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