断罪イベントに突入しましたけど、ざまぁのアテなんて何もありませんわ!
冴吹稔
うぎゃーっ!
「ガランティーズ侯爵令嬢マリー・ドミナンテ! 君との婚約をここに破棄する……!」
あちゃあ……このタイミングでいきなり来ちゃったか、婚約破棄&断罪イベント。
第一王子ルパート様のいつ聞いても素敵な、あの低音の効いたお声。内容がこんなにも私に対して理不尽なモノでなければ、いつまでもその口舌を聞いていたかったけど――
「諸君。ガランティーズ侯爵令嬢は、私という婚約者があり、また将来は国母として王国の繁栄に貢献すべき身でありながら、屋敷に日々怪しげな男たちを出入させていた。あまつさえ邪法の研究を行ったという疑いさえかけられている。また王立学院に平民からの特別枠として入学を認められた、健気なるジュスティーヌ・カンパリエ嬢に対して、不当な圧迫を行い暴言を吐いたと聞く。これらの行状、事実であればまことに許しがたい。彼女の処遇としては、侯爵家の相続権を剥奪の上、領内の然るべき場所に幽閉、ということで良かろうと思うが」
うわひっどい。そりゃあ私も色々と、疑われて仕方ないようなことをした弱みはあるし、ジュスティーヌに関しては……だってあの娘、本当にお貴族様の社会の事とか何にも分かってないまま滅茶苦茶するんだもん。釘刺しとかないと本人が後々、社会的に死ぬでしょあれ。
* * *
私、マリー・ドミナンテは実は異世界――21世紀日本からの転生者で、前世ではド庶民の庶務課OLだった。
そしてこの世界は、向こうで頓死するちょっと前までハマってた、近世ヨーロッパ風貴族社会が舞台の恋愛&家政シミュレーター「マナースケイプ・エスケイプ」に酷似している。
マリー・ドミナンテとはその、序盤チュートリアルイベントでサクッと馬脚を現して退場し、その後何のフォローもされない、絵にかいたような噛ませ――まあ、ガチャで出たらSSRくらいのレアリティはありそうな作画のされたキャラなんだけど、これ所詮そういうゲームじゃねえし。
あとタイトルでわかると思うけど、なんか意味不明なパズルパートがちょっとある。
ただねえ、前世の記憶を完全に思い出すのが遅くって。普通に何か近世ヨーロッパみたいなとこに転生しちゃったなあって。ああもう。今言ったあれこれに気付いたの、ほんの一週間前なんですよ。どうしろっていうのよ。
ジュスティーヌ嬢に関わるとまずい流れに入るってのもそう。他の流れとかそもそもあるのかどうか分からないんだけど、この断罪アンド追放・幽閉イベントも、つまり予定調和なのよね。
よくある小説や漫画なら、ここですぐとか追放された先でとか、なんやかんやあって。誰も真似できないような魔法の能力に目覚めるとか、王子よりももっと遥かに人間性も才覚も上等の、ただちょっと年が行ってたりするかもだけど隣国の実力派の騎士とか、宮廷と折り合いの悪い将軍とか、そういう人に拾われて溺愛されちゃったりなんかして、幸せになってあとで私を追放した王子や冷たくしてきた人たちを見返してやるような展開があるんでしょうけど。
見た感じ。こう、ざっとこの舞踏会会場という名の、私を断罪して辱めるための処刑ンググラウンドには――それらしい美形も細マッチョも渋いおじさまも、鬼畜メガネの一人二人さえも、まるっきり見当たらない。
だから――
私がここで墜ちずにこの先もやっていくには。この場で、理路整然と反論して王子や宮廷人のみなさんにこの私を排除することの非を認めていただくか、なんかそれらしい、同情の余地のある口実を私にかかってる嫌疑に対して提示して「それなら仕方ない、以後慎めよ」という感じで放免していただくか。
いずれにしても、口八丁で何とか乗り切ってこの場を制するしかないんですのよ――正直無理ゲーでございましてよ。んでもってそもそも私がこの場で何か逆転の一手を撃つには、この場での発言が何かしら許される状況にならないと――
「さてマリー・ドミナンテ、何か申し開きができるものなら、いまここで――」
「キターーーーーーーーーー!!!」!
「えっ」
「はい、はい、はいはいはい! 申し開き訳ございますいやございません!!」
「どっちだ」
「ごまいざす!」 あ、噛んだ。
「プッ……よかろう、申してみよ」
いま明らかに笑われたけどやったわぜ、発言が許された! んじゃあ、いきますわね?
理路整然と反論して向こうに非を認めさせるのは、流石に高難度ですから、同情の余地のある口実を列挙する方針で。
「ただいま私に対して行われた断罪ですが、これには承服いたしかねます! 確かに傍目に怪しい行いや、誤解を招くような言動があったのは認めますし、私の不徳の致すところ、そこは皆さまに誠意をもってお詫びを申し上げますが……」
ざわぁ……
舞踏会の会場になった王宮の大ホールが静まり返り、かすかなざわめきが列席者の困惑を伝えてくる。
「誤解。ええ、そうですわ。ジュスティーヌ嬢の件は完全な誤解ですと申し上げます! 事の起こり、一番最初は同じ寮に振り分けられたあの方を、お茶会にお誘いして、断られたのです。『うかつに派閥に身を寄せると、何かあった時にどんな目に遭うかわかりませんから』って。そりゃ庶民としてはそうでしょうとも、分かりますわよ」
「ほう。だが、ジュスティーヌ嬢が言うには『ものすごい怖い顔でなじられた』とのことだが?」
「顔が怖いのは生まれつき! 生まれつきでございます! 切り裂きの
「うわっ……君の顔、怖すぎる!」
ルパート王子が顔色も青ざめて、一歩後ろにずり下がる。えー乙女に向かってそれはないのじゃー。
「ま、まあその顔では、それから先は何を言われても恐ろしいであろうな」
普段の顔は極力眉の両端と目じりを下げてにへらっと笑うつもりでようやく普通のすまし顔なんですよ。あなたも『その取り澄ました氷のような顔、悪くない』とか仰ってたのに!
「だが、連日屋敷に出自の怪しい男たちを招き入れていたというのは? いかがわしい楽しみにふけっているのではないかとか、おかしな禁呪や邪法の類をもてあそんでいるのではないか、といった風聞が立っておるが、申し開きはできるのかな?」
「そ、それは……夏場が辛くて――」
この国の服飾文化は何と言うか布地面積多すぎで、女性が肌をさらすことがまだ忌み嫌われる。要するに暑い。だから私は――
「冷たいものが! スイーツが欲しかったんです! 殿下はさっき、私を領内の然るべき場所に幽閉して、っておっしゃいましたわね? うちの領地で身分の高い罪人を収容できて人目を避けられそうなとこって一か所しかないじゃないですか。モルガリーの湖畔にある築三百年の古式
「お、おぅ。それは幽閉されたくなさも、とどまるところを知らぬ勢いであろうな! して、それと冷たいスイーツに何の関係があるというのだ」
「ご存じないでしょうね。そういう環境の場所では、長い間に汚物から溶け出した成分が土中に貯まってて、これを錬金術師の技術で処理すれば硝石が取れるんですよ。古土法とかいうらしいんですけど」
「硝石? まさか火の秘薬とかいうあれか。火薬でも作るつもりだったのでは……? マリー嬢、火薬の密造は重罪だぞ?」
「火薬なんか作りませんわよ! 硝石を水に溶かすと吸熱反応が起きて、急速に冷えるんです! それでアイスクリームを作ろうと……」
ルパート王子殿下は目を白黒させていたが、すっかり毒気を抜かれた顔になってまたプッと噴き出した。
「ガランティーズ侯爵令嬢マリー・ドミナンテ。君は、どうにも面白い女だな……」
え、それあんたが言うんですか。
ホールに集まった貴族の皆様がまた、ざわぁ、とざわめいた。ざまぁはどこにもなかった。
断罪イベントに突入しましたけど、ざまぁのアテなんて何もありませんわ! 冴吹稔 @seabuki
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