第15話 其方は賢い。純朴になったわたしの側に黒が欲しい

***


「おはよう、昴」


 ――いや、おはよう、じゃないです、ご主人様。言葉が喋れれば、しかと理由をお話するところですが、私、昴は梓睿(ジルイ)様の心中察するあまり、夢見が良くありませんでした。梓睿(ジルイ)様は、「逢いたい」と言っているじゃないですか。


「さて、今日は路銀がたんまり」

「昨日のお客の忘れ物だよ、彗琳」


「占い代にしては、多いですが、どのみち宮殿にはたくさんの路銀が転がっていますから、猫猫に山分けして……」


 そんな話を響く声ですれば、たちまち何やらが現れます。


「あ、ゴロツキ」


 すばるもすっかり馴染んでいるようです。「何人?」「1.2.3.4……」「上等です」

 すばるの手を引くと、ご主人様は再びすばるを上掛けに隠し、ろうそくを消しました。


「出て来てはだめですよ。ちょっと、数が多いです」

 長刀を掴んで突っ込んでいきました。

「その路銀は、わたしのものです!」


 ――いえ、梓睿(ジルイ)様のものでしょう。


 物騒な街です。そもそも、女性が一人で暮らすには、武力が居る。親友の猫猫様もそうですが、ここは、女性が強くないと生きられない妓楼街。色気で勝負する女性もいます。

「……聞いてないんですか。妓楼街の鴉を連れた占いの女には逆らうなーーと」

 ふたりを叩きのめしたところで、一人の影が消えました。――その時、ご主人様の足に何かが……


「なーめーくーじー!」


 家を忘れた蝸牛はもっともご主人様が嫌うものです。さあ、ここで私の出番……と思いきや、戸口の男が倒れて、吹っ飛んだじゃありませんか。


「……未来が白紙とはどういうことだ!」


 双竜剣を振りかざすと、梓睿(ジルイ)様はその切っ先を真っ直ぐに玉彗琳の喉元に向けました。


「よ、よくわからねえが……」


「その路銀は俺のものだが!」一喝すると、破落戸は動きを止め、梓睿(ジルイ)様と気づいたのか、ボロボロの服を引きずって、仲間を忘れて逃げていき、切っ先を突き付けられたご主人様は両手を挙げたのです。


「降参」

「ではなく、助けてくれて、ありがとうではないのか」

「ありがとうございます」

「梓睿(ジルイ)様、お助け下さりありがとうございます、だろう」

「…………何の御用です」


 なぜか空気が撓み、双方剣を引きました。


「財布を忘れて」

「ああ、これ」と玉彗琳は名残惜しそうに梓睿(ジルイ)様の路銀袋を渡しました。しかし、鴉には見えました。ご主人様、その手の金貨は何ですか。


「俺は昨日、逢いたいと言ったのだが」

「私は、長髪は宜しくないと思います」


 会話が噛み合ってないね、とすばるが呟きました。それもそのはず、双方ともお互いを見ていない代わりに、顔が赤いのです。


「……そうか」


 梓睿(ジルイ)様は双竜剣を手に、髪を持ち上げました。確かに長い。しかし、それは蒼龍守護神を宿すためと聞いています。

 ご主人様は、嫌がらせを口にしているんです、しかし。梓睿(ジルイ)様に迷いはありませんでした。


 ザク……の音と共に、美しい青色の髪が床に広がりました。


「蒼龍の血の入った髪だ。――これで、界隈の皆も豊に慣れるだろうか」


 玉彗琳は動かず、「何の御用です」と繰り返しました。


「鳳琳に聞いた。本人に言うべきだと。其方は賢い。純朴になったわたしの側に黒が欲しい。いずれ、兄を退けて、国を再建する。その時には――」


「……その路銀の半分と、髪」

 梓睿(ジルイ)様は頷くと、持っていた路銀を全てご主人様に押し付けました。

「彗琳が居なくなって……武道をやらせるものが消えて、穏やかにはなった。しかし、俺は……」


 顔を上げたところで。「続きは宮殿で」と切り上げるあたり、梓睿(ジルイ)様も相当な策士です。そんな表情はしていないのですが、人は不思議ですね。


「――モヤモヤするから、ここに来た」

「モヤモヤ」

「――両想いなんじゃないの?」


 すばるの一言が正解です。

 ええ、私は見て来ました。この二人は、共に好きあっていて、ご主人様は、好意ゆえに、占いが出来ないのです。


「玉彗琳、その子は……まさか、先代王朝の……」

「かっぱらいをして来たので、保護しました」


 ふむ、と利くと、梓睿(ジルイ)様はすばるの前にしゃがみこみました。切り落とした髪が肩で揺れています。


「宮殿に、来るか」

「何を勝手なことを」


「――彗琳は、占いのほうが向いていると思うよ。破落戸なんかより、綺麗な洋服を着て、ちゃんと暮らした方がいい」


 最後の問題。ご主人様は、この街を消させたくないのでしょう。


「でも、私、聞いたんです。梓睿(ジルイ)様」


「梓睿(ジルイ)様……っ!」梓睿(ジルイ)様、よほどうれしかったのか、頬を染めて自分の名前を繰り返されました。


「皇太子が、この街を焼き尽くすと。でも、『私がいれば』手は出さないと水晶に出たので」

「……そなた、賢いにも程があるぞ」

「そうですか」


 鴉だから分かってしまいました。ご主人様は最初から、梓睿(ジルイ)様のことをお話なさっているんです。多分、梓睿(ジルイ)様の好意を分かっていて、梓睿(ジルイ)様はそれに気づかなくて――


「ああ、手は出させないが、そなたが戻れば」

「戻ります。……アナタの切った髪が戻るまで」


 髪を担保に玉彗琳を取り戻した皇太子と

 皇太子の好意を理由にしている占い師と


 ――ふたりの描く未来はまだまだ見えません。きっと、夜空の星でさえも照らすことは不可能です。これから、生まれる光なのでしょう――。


第一章「了」

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

鴉の憑いた宮妓恋占師玉彗琳ー蒼龍国に舞い戻るー 天秤アリエス @Drimica

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ