特殊詐欺の受け子で行ったら、爺さんの家に監禁されたオレ

タカハシU太

特殊詐欺の受け子で行ったら、爺さんの家に監禁されたオレ

 言い訳なんてできない。こんなことをしでかしたのだから。そもそも、言い訳なんて、物理的にできない状況だ。


 目を覚ました瞬間、頭がズキズキした。硬い台の上で、俺はうつ伏せに横たわっていた。ここはいったいどこかと顔を上げようとして、理解不能に陥った。

 俺の体は大の字のまま、両手両足が四つの方向に伸びており、手首足首が紐できつく縛られていた。紐の先はこの硬い台、大きな座敷机の脚に結ばれているようだ。

 つまり俺は身動きの取れない状態。タオルを口に噛ませられ、なぜかパンイチだった。パンイチとはパンツ一枚の略だ。

 周囲を見回そうと、首を左右に動かした。古くて汚い和室。

「お目覚めのようだな」

 後方から声がした。最初からそこにいたのか? ゆっくりとした動きで俺の前に爺さんが現れ、ほほ笑んで見下ろしてきた。


 思い出した。

 俺はこの家に特殊詐欺の受け子で訪れたのだ。スーツ姿の刑事に扮し、爺さんから受け取った数枚のキャッシュカードを封筒に入れた後、割印が必要だからと、印鑑を取りに行かせた。その隙に別の封筒とすり替える。

 すると、家の奥から爺さんの声がした。印鑑が冷蔵庫の下に転がってしまったから取ってほしいと。俺は上がらせてもらい、台所の冷蔵庫の前に四つん這いになった。

 その瞬間、後頭部を思いきり殴打され、意識が飛んだ……。


「どうだね、頭の具合は? 気絶させるのって難しいな。一歩間違えれば、死んでしまう」

 爺さんが俺の目の前に、ドンと置いた。木彫りの熊。鮭も咥えている。そうか、年寄りの家に必ずあるこの熊は、こういう時に使うものだったんだな。

 俺は何か言おうとするが、猿ぐつわのせいで声を発せられないでいた。必死にもがくが、四肢はジタバタするだけで、紐が緩まることはない。

「ったく、人を騙すのはよくないと、親や学校から教えてもらわなかったのか? だいたい、警察に見えないんだよ。学生か?」

 俺の尻が叩かれ、ぴしゃりと音を響かせた。爺さんが今、手にしているのは、馬用の鞭を大きくしたような謎のプラスチック製品だった。

「これが何か分かるかな?」

 そう言いながら、何度も尻へと打ちつけた。俺はくぐもったうなり声を上げた。

 爺さんによると、ハエ叩きというそうだ。便利なものがあるんだな。ていうか、俺はハエじゃねえ。

「ガキの頃は悪さをしたら、教師から竹刀でひっぱたかれたもんだ。今じゃ、体罰だとクレームが来て、甘ったれた世の中だ」

 また、ぴしゃりと音が響き、俺は顔をゆがめた。本気で痛い。

「お前が何者か知らん。身元の分かるものが一切なかったからな。携帯電話は湯船の中に水没させた。お前に指示した上の者たちは、とっくに見捨てただろう。もはや、お前の存在は消えたも同然だ」

 そのとおり、誰も助けに来ない。いつか、こういう日が来るんじゃないかと思っていたんだ。覚悟はできた。早く本物の警察を呼べ。

「心配するな。ずっとここにいていいぞ。俺が可愛がってやる」

 いきなり、爺さんが俺のパンツをずり下ろしてきた。何をする気だ!

「女房と別れてから、ずっと一人暮らしで、毎日、何も楽しみがなくてな」

 口を塞がれている俺はウーウーと、うなることしかできなかった。

「この前、インターネッツで面白い記事を見つけたんだ。何年か前の海外での事件だ。強盗がある家に押し入ったら、住人がマッチョだったものだから、強盗のほうが返り討ちに遭って、監禁されたそうだ」

 マジか? 最悪じゃねえか。俺は必死にイヤイヤと首を横に振った。

「言っとくが、俺にそういう指向はない。お前はどっちだ?」

 当然、俺はゼスチャーで否定した。

「だったら、お互い、初めての経験をしてみるのもいい。人生、何ごともチャレンジだ」

 クソ! こうなったら、我慢するしかない。それで命が助かるなら。

 いや、待て。散々、俺をオモチャにして、無事に解放してくれるのか?

 いったん部屋から去っていた爺さんが戻ってきた。

「痛いのは嫌だろう。これを用意した。どれがいい?」

 目の前にボトルが置かれた。サラダ油、ごま油、オリーブ油。どれも嫌に決まっているだろうが!

「そうか、いらないのか。なら、素のままで試してみるか」

 待て待て待て! とりあえず、俺はあごで瓶を示した。

「ほう、オリーブオイルか。やっぱり、もっこりもこみちだな」

 言っている意味が分からない。

「さあ、覚悟はできたな」

 オイルを注がれ、滑らかにされる俺は必死に耐えていたが、いつしか泣いていた。

「おいおい、本番はこれからだぞ。これじゃ、まるで俺が悪者じゃないか。犯罪者はお前だろ?」

 どうせ殺すなら、さっさとやってほしい。痛みや苦しみはいらない。だけど、この爺さんはわざとやっている。俺に苦痛を味わわせるために。

 そう、罪に対する罰なのだ。

「これも運命だ。受け入れろ。うん、体の受け入れ態勢は整ったみたいだな。俺もやっとこれを使う時が来た」

 爺さんはカプセル剤を取り出していた。

「俺が定年退職する前、路上にいた外国人が安い値段で売りつけてきてな。ギンギンになるそうだ。食べ物じゃないから、賞味期限は平気だろ」

 水と一緒に飲み始めた。

「何錠、飲めばいいんだ? 多めにしておくか」

 もう、どうにでもなれ……それが今の心境だった。

「よし! コンセントにプラグを差し込むぞ!」

 こんな時にオヤジギャグはいらない。

 その瞬間、爺さんが心臓を押さえた。そして、うなりながら倒れ、畳の上で痙攣する。呼吸が尋常じゃないくらい荒く乱れている。どう考えても薬のせいだ。

 やがて爺さんは口から泡を吹き、白目を剥いたまま完全に動かなくなった。


 俺は安堵し、全身の力が抜けた。助かった。

「……!」

 瞬時に蒼ざめた。俺はまだ縛られたままなのだ。両手足をバタバタさせても、やはりほどけない。

 人生のオチがこんなんで、いいわけ?

                 (了)

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