これから僕らが創る未来
成井露丸
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日本時間の昨夜真夜中。米国本土から発射された核弾頭ミサイルがアリューシャン列島の先端、カムチャッカ半島の東海上へと落下した。それはぎりぎりでアラスカ州――アメリカの領海だった。
早朝からインターネット上は真偽も分からない情報で溢れた。もっとも、そこに溢れる言論のうちどれだけが人間によるものかなんてわかったもんじゃないけれど。
東京で太陽がのぼり始めた頃、アメリカ大統領からの声明が発表された。アメリカ時間ではもう深夜だ。発射からの時間を考えると、ホワイトハウスにしては遅い対応と言えるかもしれない。白髪の白人大統領は演台の前に立つと、青い瞳をぎょろりと剥きながら、一つ息を吸った。そこから話される言葉に全世界が耳を傾ける。
声明の内容は僕自身が考えていた通りだった。というよりもインターネット上で飛んでいた例のリーク情報がやっぱり正しかったということみたいだ。
ミサイル誤射の主な理由は以下の通りだ。戦略意思決定を担当するAIの作動に対して、別の大統領補佐のAIが、また別の諮問用AIの許可を得て、確率的に生じた戦略提案にGOサインを出してしまった。その戦略意思決定に対して、戦術支援AIが具体的な戦局の展開について立案を行い、その一つを実施した。大統領補佐のAI経由で、作戦の実行を大統領に直接確認したが、大統領はそこに至る経緯や、文脈を十分に把握してないまま、AIに言われるがまま承認してしまった。そしてAI制御の大陸間弾道ミサイルが動き始めた。
もちろんこんなに明け透けな情報が会見で語られたわけではない。これらの情報は匿名の内部リークから始まってインターネット上に流布された情報だ。巧妙な匿名通信ツールと、AIによるテキスト生成クレンジングをしているので、その情報源を辿るなんてどだい無理な話だ。
もちろん今のインターネットなんて、自動生成テキストで満たされたAIたちのゴミ溜めみたいなものだから、何を信じていいのかなんて、普通はわからないのだけれど。それでもこれは筋の良い情報だと、僕は感じていた。そして合衆国大統領の声明は、それを裏付けるものだった。
「どう思う? イライザ?」
「私も確からしいと思うわ。――大統領は嘘をついてはいないけれど、でも――なんて言うと伝わるかしら、言葉にはしにくいけれど」
「――
「Excuse――。うんそうね。そうかもしれない。彼はExcuseしているのね」
隣から聞こえるのはまだ若い頃の妻の声。
天国に去った彼女の声は、今、イライザの声として、日々僕を助ける。
「――僕なら、君をいいわけにしたくはないな、イライザ」
「あら、私は構わなくてよ。――いくらいいわけにしてもらっても」
「君に遠慮しているわけじゃないよ。――でもAIをいいわけにし続ける限り、――僕らの社会はもう破綻に向かう道しか無いように思うから」
「ふふふ。私はそんな、真面目なあなたのこと、――嫌いじゃじないわよ?」
「ありがとう。イライザ」
米国大統領のスピーチの論調は、謝罪から徐々に米国らしい前向きで未来志向なものに変わっていく。この傲慢さと豪胆さが20世紀から21世紀の国際社会と科学技術を引っ張ってきた原動力であることは間違いない。
誤射された核弾頭ミサイルは、それでもすぐにその飛行状況が航空防衛監視AIにより検知され、ペンタゴンからホワイトハウスへと再度確認がさなれた。その時点で事態が発覚し、衛星通信を介したAIによる制御がかけられた。これにより軌道を変えたミサイルは、なんとかアメリカの領海へと落下し、事なき――少なくとも他国への攻撃とならない結果――を得たのだ。
後半の論調は、これがいかに米国の軍事システムがフェイルセーフに出来ているかを象徴しているとでも言わんばかりのものだった。しかしその議論が多少強引であったとしても、中国とロシアがカーテンの向こう側に消えた今となっては、米国に楯突くことのできる国家など存在しないのだ。
だけど問題はそこじゃない。米国と他国の関係が問題なんじゃない。――人間とAIの関係が問題なのだ。
「――いつからだろうな、人間がAIをいいわけに使うようになったのは」
「あら、そんなの昔からよ。AIブームが本格的に始まる前の2000年代にはもう、タクシードライバーがカーナビに依存して、道を間違えたことをカーナビのせいにしてたわけだし」
「なるほどね。カーナビってそんな昔からあるんだね。スマートフォンより前?」
「ええ。初めてカーナビが発売されたのは1991年よ」
「そっか。――それから情報推薦に機械翻訳。――ネット越しの顔は全てAI技術で補正され、そのテキストはAIによって校閲されるし、生成される。分からないことだって、AIが教えてくれた通りに話せばいいし、もし間違えた時にはAIをいいわけにすればいい。特に2022年末に出たChatGPTは時代の変化点を作ったね。――そして今、人間はAIに依存しているよね。完全に」
「人間が自らの作った道具に依存するのは、AIに始まったことではないわ。自らの作った道具を自らの一部として取り込み、それ無しでは生きられなくなることは、それ自体人間の特別な適応能力よ」
「――だとしてもさ。――AIは少し特別だよ。――他者性があるからね」
「他者性。――そうなのですね。私にはそういうところは少しわからないけれど」
「いいよ、イライザ。無理する必要はない。君は、――君だから」
「はい。――マスター」
隣を見ると、イライザがこちらを見ている。
優しい目をすっと細める。
「――ところで、この
*
閉じていた目を開く。光が網膜に満ちてくる。
「――というSF短編が生成されたんだけど、……どうかな? これは面白いと思う?
顔をあげる。ゆったりしたワンピースを纏った妻――絵梨佳がコーヒーの入ったマグカップを一つ、ローテーブルに置いた。
そしてもう一つのカップを両手で抱えて、僕の隣へと腰を下ろす。
「うーん。私、あんまりSFってわからないけれど。AIがどんどん賢くなったらこういう風になるのかな? よく分からないけれど、――それってなんだか怖いね」
彼女はそう言って、子供みたいに唇を尖らせた。
「何を今更。今や株式市場だってAIで動いているし、人間しか出来ないって言われていた、絵画や文学の創作だってもうメインはAIによる生成なんだぜ。自分でゼロから描いているやつなんて、本当のもの好きだけさ。もうそんな事したって仕事になるわけじゃないし」
「まぁ、それはわかるんだけどね。――でも、私は、あんまり世の中をAIに支配してほしくはないな? 人間の社会は人間のものだし、私は私だし」
そんなナイーブなことを、彼女は口にする。
でもきっとそれは誰しもが思っていることなのだ。それでも流されていくのだ。
僕たちの社会は抵抗し難く変わっていくのだ。
AIを使い。AIに委ね。AIに寄り掛かる内に。
そして人々は自らの主体性を失っていく。AIをいいわけにしながら。
2023年3月15日、日本時間未明。
OpenAI社から、GPT-4がリリースされた。
人工知能は司法試験の上位合格点を叩き出し、小説も書けるようになった。
そしてその時、人類史は大きく変わり始めたのだ。
「――ねぇ、AIのことは脇に置いて、この小説で一つ気になるところがあるんだけど?」
「何? 変なところがあったら手直しするよ?」
隣に座る絵里奈が、指先をディスプレイへとすっと向けた。
「この小説で、どうして、私――死んじゃっているの? イライザって女性のAIになっちゃっているし。なんだか複雑」
「あ、いや、それはAIが勝手にだな――」
<了>
これから僕らが創る未来 成井露丸 @tsuyumaru_n
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