魚屋、あるいは。
深見萩緒
魚屋、あるいは。
騙しだまし、やっている感は否めない。私には、祖父のような才能はないのだと思う。
祖父は「何でも屋」の天才だ。気が向いたときにふらりとどこかに出かけて行って、何かを買い付けてくる。
それは何百万もする骨董品だったり、その辺に売っている文房具だったり、京都の老舗の和菓子だったりする。そうした買い付けの翌日か翌々日には、「こういうものを探しているんですが、お宅に置いてありますでしょうか」と、買い手が現れるのだ。
一種の超能力なのかもしれない。私の父――祖父の息子には、その才能は受け継がれなかった。いや、人並み以上のカンは、父にもあった。それでも、祖父のようにはいかなかった。そこで、祖父の「何でも屋」は私が継ぐことになったのだった。
ただ、やっぱり、騙しだましでは限界がある。
「お前、またやらかしただろう」
「やらかしました……」
胸元にでかでかと「古本屋」と書かれたエプロンを着たまま、私は祖父の前に正座している。祖父は、「怒るつもりはないんだけどよう、生臭えなあ」と文句を言う。
店を継いで一か月、分かったことがある。私にも祖父のように、超能力じみた何かは備わっているらしい。ただ、私に「何でも屋」は向いていない。
「お前は、この店と相性が良すぎるんだな。それで、こんなことになっちまう」
目の前をゆうゆうと横切るキンメダイを手で追い払いながら、祖父は苦虫を噛み潰したような顔をする。
「あのお客さんが悪いんだってば。古本屋って書いてあったのに、魚屋だと思って入るなんて、そんなの反則じゃん」
「言い訳すんな。だいたいこれ、魚屋でもないだろ」
ぐうの音も出ない。祖父の言う通りだ。店の中は、まるで海中の様相だ。暗く青い光が揺らぎ、空中を魚が泳いでいる。確かに、こんな魚屋は日本中どこを探してもないだろう。魚屋というより、水族館に近いかもしれない。
私は、この店と相性が良すぎる。だから、この「何でも屋」を本当に「何でも」屋にしてしまう、らしい。
お客さんが「この店はカフェかな?」と思って入ったら、お店は本当にカフェになってしまう。この間は、それでやたらと繁盛して、忙しく給仕をする羽目になった。
ピザ屋になったこともあった。ピザなんて焼いたことなかったのに、どうやらそれなりのピザを提供できたらしく、お客さんはネットの口コミで「こんなに美味しいピザを食べたのは初めてです!」と絶賛してくれた。
食べ物系のお店に「なって」しまった場合、たいてい評判は良いのだけれど、リピート率は非常に低い。私が店主をしているときの「何でも屋」は、店自体があちこちに移動してしまうのだ。空き地を上手いこと利用して、日本全国を転々としている。
「まったく、二階に住んでたから良いものの、そうじゃなきゃ店が行方不明になってるとこだ」と、これにも祖父はご立腹だ。祖父いわく、これもまた私の「ずっと同じところばかりだと飽きるし、いろんなとこに行ってみたいなあ」という願望を、店が勝手にくみ取ったせいらしい。
それってやっぱり、私のせいじゃなくない?
「だから、色々努力はしてるんだってば。『何でも屋』じゃなくて別の看板を出してみたら、お店にも自覚ってものが生まれるかなあと思って、この間は『古本屋』にしてみたんだけど……」
古本屋にしたのは、なんてことない。店の裏に置いてあるがらくた……もとい、祖父が買い集めた「在庫」の中で、古本が一番多かったからだ。在庫整理も兼ねて、その日一日は古本屋として営業しよう、と思ったのだった。
……それが、この有様だ。
どこぞの迂闊者が、でかでかと掲げられていた「古本屋」の看板に気付かず(あるいは、気付いていたのにもかかわらず)、この店を魚屋だと思って入って来やがったのだ。
一体何をどうしたら、そんな思考回路になるのか。意味が分からない。
「やっぱり、どう考えても私は悪くない。それに、何でも屋なんだから魚が泳いでるくらい何でもないよ、何でも屋なんだから」
「生臭え」
「それはそう」
でも、私のせいじゃない。これは言い訳じゃなくて、いたって正当な「言い分」だと思うんだけどな。
「もう、魚屋でやっていこうかな。お客さんが魚を注文する。この場で捕まえて提供する。新鮮! 美味しい! ……どう?」
「お前は、問題を解決しようとするとき、どうにも逃げから入るくせがあるなあ」
仕方ないじゃん。何がなんだか、私にも分かっていないんだから。
「とにかく、もう決めた。これからしばらくは、魚屋をやってみる。カフェもピザ屋も繁盛したし、お刺身とか出したら評判になるかもよ」
「好きにしろ」
投げやりな許可を得た私は、さっそく「魚屋」の看板を表に出す。これでこの店は、名実ともに魚屋だ。
「お前、今度また同じようなことになったら、もう言いわけは聞かねえぞ」
「さっきも聞いてくれなかったくせに……でも大丈夫。魚屋なんて、ほかの店と間違えようがないんだから」
カウンターの内側でそんなことを話していると、さっそくドアの外に人の気配。お客さんだ。金属のドアベルが可憐に鳴る。
きっと今度は大丈夫だ。こんなにでかでかと魚屋アピールをしているのだから、まさか魚屋じゃないと思って来るお客さんなんていないだろう。
……たぶん。
<おわり>
魚屋、あるいは。 深見萩緒 @miscanthus_nogi
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