第7話 崩さないように、崩れないように

 次の日の放課後。

 私は帰りのホームルームが終わってすぐに月の教室に来た。


 月に押し付けられた仕事の話をこっちの教室ですることもあるから、意外と受け入れられている。


「月、今大丈夫?」


「茜? もちろんだよ。今日も来るの? 二日連続は珍しいね」


「そういう訳じゃないんだけど。えっと……その、今日はどうする予定なのかなって」


「何もなかったらお悩み相談室でダラダラルールブック訳してようかなって思ってた。基本的に誰も来ないから暇なこと多いんだよね」


 昨日、結局エリックを倒すことはできたけど経験値や戦利品については後日という事になった。

 成長報告は次回に持ち越しだ。

 その二回目だけど、キャラクターのレベルが1以上になるとギルドやスキル、スタイルと途端に複雑になる。

 だから、私と月で全部訳し切ってからやることになった。

 原文(ホームページからダウンロードできる)と、それを翻訳サイトで翻訳したもの(ちょくちょくおかしい)のデータは貰ったから、後はそれに修正を加えて行くことになる。

 昨日のうちに月と共有できる環境は構築済みだ。


 実は私達もキャラクターのデータを作ることになった。

 アカリとアカネのお店の裏の顔はギルドの支部。

 プレイヤーは全員そのギルドに勧誘されるのが次のセッションのプロローグだ。


 私は考古学系のギルドが良くて、月はまさに冒険者といったギルドが良いと意見が分かれている。

 次のセッションはどうしようかな。

 いっそ両方採用するのもありかもしれない。

 その場合、詰める箇所が増えるけどちゃんと二人とも納得できる設定になると思う。


 ちょっとハマってしまった。

 たまには大勢でああだこうだ言いながら駄弁るのも結構楽しいものだ。


 いやいや、サンドキャッスルのことはひとまずおいておこう。

 今日の放課後のことだ。


「あー、えと……」


 友達を誘うの下手過ぎる。


「月いる!? 茜もいる! ちょっと助けて欲しいんだけど今日の相談室空いてる?」


 言い淀んでいたら、私のクラスメイトが月に助けを求める声に遮られてしまった。

 その娘は廊下から入って来てすぐさま私と月のところに来る。


 残念。

 私が知る限り、月が依頼を断ったことはない。

 ルールブックの翻訳作業は今日絶対にしなきゃいけないってこともないからきっと月はこの依頼を受けるだろう。

 私の用も別に今日じゃなくてもいいか。


「ごめんね。今日先約あるからよっぽど緊急じゃなければ他を当たって」


「えっ」


 びっくりし過ぎて変な声が出てしまった。

 用事が重なっている訳でもないのに依頼を断ったことが信じられなかった。


「そっか残念。無理言ってごめんね」


「ううん。明日なら空いてるよ」


「りょーかい。今日片付かなかったら頼むね」


「ぐっどらっく」


「ありがとー」


 そうしてクラスメイトは去っていった。

 月がフィンガークロスをしようとして、慌てた様子でサムズアップに変えた。

 フィンガークロス、あんまり伝わらないものね。


 ジェスチャーをやめた月はこっちを向いて


「茜」


 名前を呼ばれた。


「話、聞くよ」


 ……大した用じゃないから申し訳ない。




「プラネタリウム、いいじゃん。行こうよ」


「あの娘に申し訳ないことしたなぁ」


 学校の最寄り駅。

 いつもと違うホーム。

 月と一緒に遊びに行くのは初めてだ。

 そもそも高校に入ってから友達と何処か遊びに行くことが初めて。

 文化祭とかのクラス行事や、あと何故か生徒会の打ち上げくらい?

 あ、生徒会の用事で月と一緒に買い出しとか行ったの含めても良いかな?


「断っちゃったものはしょーがない。そもそも相談室は不定期開催なんだし、私達が暇な時やればいーの」


「ほぼ毎日やっててよっぽどじゃないと断らないくせによく言う」


 あのセッションで、少しだけ天文への興味が生まれた。

 TRPGの方じゃなく、部員達の様子がきっかけだ。


 だって、あんなに楽しそうに星を語るんだもの。

 ひょっとしたらそれは、私が知っているよりずっと楽しいことなんじゃないかって思ってしまった。

 思わされてしまった。


「あ、せっかくだからこのカップルシート使ってみよっ。ふかふかで気持ちよさそうだし」


「それ友達同士でも良いの?」


「良いみたいよ」


 そんなものなんだ。

 カップルって名ばかりね。


「ん、月がそう言うなら」


 月がスマホでそのカップルシートの画像を見せてくれた。

 少し高いけど一般シートより座り心地良さそうだ。

 ちょっとお行儀が悪いけど足も伸ばし放題。


「あ、そうだ」


「?」


 良いこと思いついた。

 私達、サンドキャッスルの世界じゃ二人でお店を開いているほどの仲。


「せっかくなら恋人のロールプレイしようよ。私達が友達同士だってバレたら駄目だよ」


「……」


 月が黙り込んでしまった。

 ひょっとして、嫌だったかな。

 おはなしと現実は別物だということを実感する。

 昨日は結局テストの話くらいしか出来なかったからちょっとでも練習になればと提案したけど失敗だったかもしれない。


「ごめん、迷惑だったら……」


「ううん、計画通り♪ こんなに上手くいくなんて思わなかった」


「え? 何が?」


「教えなーい、茜がノンケのうちは秘密」


「もぉ、また訳の分からない事言って」


「じゃあヒント。茜って結構いろんな影響受けやすいよね。TRPGやったら絶対影響受けると思ってた」


「う。単純で悪かったわね」


「ううん、素敵なことだと思うよ」


「馬鹿にしてない?」


「ないない、早く行こっ」


「ちょっ、引っ張らないでよ」


 ちょうど電車が来たタイミングで、月に手を引かれるままその電車に乗り込んだ。

 流石に電車の中では騒げない。

 抗議しようにも声が出せない。

 完全にしてやられた


 仕方ないからいつの間にか繋いでいた手を恋人繋ぎと呼ばれるものに変える。

 目的地まで近いので座るよりはこのまま立ってた方が良い。

 もうちょっとドキドキとかあると思ったけど、相手が月だもんなぁ。


(私達、恋人に見えるかな?)


(さぁ? それより、あんまり騒いじゃ駄目だよ。電車の中なんだから)


(はーい)


 全く、何がそんなに楽しいんだか。

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【天文×TRPG】ろくろく 薬籠@星空案内人 @yakuro

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