第6話 三つの鍵(作者の限界)
「ドアには"
プレイヤーがブリークウッド タワーの一階を探索し終え、二階にたどり着く。
エリックが耀にした仕打ちが判明し、ますます戦意を高めた状態だ。
「赤い星、きっと火星」
「アンタレスじゃない?」
「えーっと、アークトゥルスとか?」
「グリーゼ710!」
「「「何それ?」」」
「実は
知らない単語が出てきた。
ただ、私だけじゃなくてみんなもエルの言葉に耳を澄ます。
「とうしょく?
「そう。K型? だったかな。130万年後に太陽系に来る星だよ。たぶん今一番太陽系に近づくと予測されてる星。太陽の半分くらいの質量だから地球の軌道にはそれほど影響無さそうだって。ただ、オールトの雲はつっきってエッジワースカイパーベルトに影響を与えるレベルみたい」
「流れ星にお願いしなくちゃな。こっちに落ちて来ませんように」
「そういう事らしいよ」
「
「壮観」
「壮観ですむかな?」
「地獄絵図。ただし人類を筆頭に地球の生命体にとってであって地球自体はノーダメ」
130万年後は大変な事になるらしい。
人類はまだ生き残っているかなぁ。
会話に混ざれる気はしないけど、聞いてるだけでも結構楽しい。
「まぁそうなる可能性があるってだけで実際は130万年経たないとわかんないよ。隕石がほんのちょっと増えるだけの可能性が一番高い」
「長生きしなきゃねー」
「何歳まで生きる気よ」
「不老不死でもない限りどの作品のエルフでも寿命来てるレベルだよね」
GMが咳払いして先に進める。
脱線し過ぎた。
「エルはこの部屋で一つ鍵を見つけます。そこには"グリーゼ710"の文字があります。ちなみにドアには"橙色矮星"の文字があります」
「このGMギミックを変えやがった!」
さっきまでそのドアに書かれている文字は赤い星だったのに。
「いや、次は"
「あー」
その二つなら私でも分かる。
私の場合シナリオに書いてあるのを読むだけだから知ってた事を証明することは難しいけど、簡単な問題であることは変わりない。
「グリーゼ710は全天で一番明るい星です」
「130万年後だろ。今現在の等級は?」
「9てんいくつ」
「それってどのくらいの明るさなの?」
「肉眼でギリギリ見える星、より三段階暗い。ここにある望遠鏡を使っても微妙。理論値はもちろんできるが肉眼で見えない星の導入とかしたくない」
肉眼で見えない、まで理解できた。
そんな星が一番明るくなるというのだから不思議なもの。
「というかなんで鍵に星の名前書いてあるの?」
「エリックは市井の民を見下していてね、星の名前なんて分からないだろうと鍵の識別にそれを使っていたんだ」
「確かにグリーゼ710は分かんない」
なんなら私は橙色矮星も分からない。
「ちなみに天文部の部室の鍵には天文部と書かれています」
「セキュリティはエリックの方が上だな」
「さて、鍵はあと二本あるぞ。面白い星を紹介してくれ。判定するのはそこのサブマス二人だ」
パッとエル以外の部員が目を合わせる。
一瞬後。
「先行は貰うわ。私が紹介するのは酔っ払い星。ドワーフと言えばお酒よお酒」
「でもカッショクは呑めないじゃん」
「倫理的に呑めないだけ。ドワーフだよ?」
「…………」
「何論破されてんの!」
カッショク、ヒート、トシゾウのトリオ漫才。
ドワーフについてはよく知らないけど、お酒のイメージはある。
「お酒の星があるんですか?」
話が進まなさそうな雰囲気を感じとり、続きを促す。
気にならないといえば嘘になる。
でもよくよく考えたらそういう伝承があるだけかもしれない。
「
「ハレー彗星くらいなら。塵と氷でできている天体で、太陽に近づくと尾ができるものですよね」
大きさは地球と比べて随分小さい。
具体的には分からないけど、彗星の本体が地球にぶつかったこともあったはず。
つまりはその程度の大きさだ。
「そう。そしてこのラブジョイ彗星はなんとエタノールを放出している事が確認されたのだ! 度数でいうと12%くらい」
伝承とかではなく、本当にお酒の星だった。
ドワーフなら崇めるかもしれない。
「他にも糖類とか、幾つかの有機物も確認されたから生命の起源候補にも挙がったんだ」
「すごい」
糖類も含まれているならそれもうお酒と言っても過言ではない。
彗星か。
人生で一度くらいは見ておきたいな。
「ラブジョイって人の名前なんだ。アマチュアらしいんだけど、五つの彗星を発見している。さっき言ったアルコールの尾を持つ彗星はC/2014 Q2ね」
続いて、トシゾウの番が始まる。
「私からは宝石の星を。鬼と言えば財宝だからね」
「でもトシゾウこの中で一番所持金低いじゃん」
「しゃらっぷ!」
この人達はいちいち茶々を入れないと話を進める事ができないのか。
いや、そんな人達の遊びだからこれは当然の結果。
というかトシゾウの所持金低いのって⚪︎ゅ〜る買ったからだよね。
「宝石といえばダイヤ! その惑星の三分の一はダイヤと言われている星がある!」
「え!? 水金地火より外側はガス惑星ですよね。もしかして地球ですか?」
「いやごめん。系外惑星。地球は鉄、酸素、ケイ素、マグネシウム、その他でできてるからダイヤモンド、つまり炭素はほぼない」
系外惑星。
太陽以外の星を回っている恒星以外の星。
そこまで詳しい訳じゃないけど、どこそこでガス惑星が見つかった、くらいは聞いた事がある。
「メガアースとかスーパーアースは聞いたことある?」
月と顔を見合わせて、揃って首を振る。
「スーパーアースは地球の数倍以上の質量を持つ岩石惑星のことだよ。だいたい十倍くらいを境にメガアースと呼ばれるようになるの。今回紹介するのはスーパーアースの方だよ」
太陽系で一番大きな岩石惑星は地球だ。
その数倍大きな星が他の系にはあるんだ。
「漫画とかで重力が重い星で修行とかしてたけど、それができる星あったんだね」
「まぁ温度とかの条件が結構厳しいけどね。その星はかに座55eって言うんだけど、1700度以上、もしくは2000度を超えるんじゃないかって報告もある」
私の記憶が確かなら、鉄の融点が1500度くらいだった。
2000度なんて、例えでも分からない。
「太陽……って言っていいのかな。太陽に近いから熱いの?」
例えば金星は温室効果で表面温度が高いことで有名だけど、それでも500度いかないくらいだったはずだ。
なら、中心の星に近くないとそこまで高い温度にならない。
「そうそう。太陽でいいよ。かに座55eは
au……?
天文単位というらしい。
太陽から地球までの距離が1auとして定義されているそうだ。
「水星はどのくらいなんですか? 水の方です」
「88日だよ。太陽からの平均距離は0.387au」
地球に比べれば随分近いけど、それでも桁が違う。
太陽系とは似ても似つかない。
「そういう訳で私からはこのかに座55eを推すよ。ちなみにダイヤの量は地球質量の三倍。まぁ炭素主体の星は他にも白色矮星のルーシーとかあるし、なんならそこまで珍しくもないんじゃないかって報告もあるけど、そっちの方が夢があるよね」
確かにそうだ。
太陽系を中心に考えていたら到達できない。
宇宙ってやっぱり広いなあ。
「真打登場!」
「どんどんぱふぱふ」
「さて、人類は今現在、どのくらい遠くまで到達していると思う?」
ヒートの紹介。
「はい! イトカワとリュウグウ!」
月が元気よく答えるけど、違うはず。
二つともせいぜい火星の軌道くらいだったはずだ。
「ハヤブサ計画は二つとも見事だった。サンプルリターンという側面では間違いなく正解」
そっか。
到達の見方を変えるとそうだ。
「今回はごめんね。リターンを含めない場合を考えて」
「冥王星、ですか? いや、それ以上遠い天体なんてプロキシマ・ケンタウリまで知らないんですが」
小学生の頃だったと思うけど、ハート型の氷があるとかで話題になったことを思い出す。
でも、もう時間が経ってるしそこより遠くに行っているのかな。
冥王星より遠くの天体を考えてみたけど心当たりはない。
むしろ冥王星は惑星じゃないのに有名と見るべきかもしれない。
実は過去惑星だった背景もあるんだろう。
私が一歳の時にはもう惑星から外れていたのにすごい存在感だ。
「プロキシマ・ケンタウリが一般にも知れ渡っていたなんて」
「感動するよね。国立天文台の名を出した時にすばるを挙げたんだよ」
「やるわね」
「茜は渡さないよ。それで、そのプロキシマ? ケンタウリって何?」
「地球から一番近い恒星だよ。4.3光年」
二番目は知らない。
「まぁ流石にプロキシマ・ケンタウリは遠い。無理だ、とは言わない。二十年かけて探査機を送る計画自体はある。残念ながら技術が追いついていないけどね」
あるんだ。
でも、目的地に到達してもそこの情報を得るのにさらに四年以上かかるよね。
だって4.3光年の位置にある。
「現在地球から最も遠い人工物はボイジャー一号だ。地球からの距離は2022年の時点で235億キロメートルを超えている。冥王星は60億弱だから約四倍だ。しかもこのボイジャー一号のシステムはまだ生きている。2025年までは稼働予定。今なおとある星に向かって進んでいる最中だ」
スマホで計算。
光の速さで22時間近くかかる。
ここまで来ると
感覚が麻痺して意外と進めていないんだなぁという感想。
「その向かってる星が紹介する星だね」
「そう。グリーゼ445!」
「またグリーゼ?」
「そう。地球近傍の星を纏めたグリーゼ近傍恒星カタログというのがあるんだ。さっきのグリーゼ710もそのカタログに載ってるはず」
「そんなのあるんですね」
「あ、グリーゼに地球みたいな星あるの?」
「グリーゼ445に衛星はまだ見つかっていない。ただ、太陽系を脱出する探査機には全て宇宙人へのメッセージが搭載されている。もちろんボイジャー一号もね」
「おぉ!」
「ゴールデンレコードって言ってね。地球の自然音とか動物の鳴き声とか、人間の写真とか日本語含めて五十以上の言語とか、あとベートーベンの第五とか地球と人類の歴史が詰まってるんだ」
「宇宙との邂逅がすぐそこに」
「ちなみにグリーゼ445に届くのは4万年後」
「130万年後に比べれば一瞬ですね」
大概感覚が狂ってきた。
エルが最初に言ったグリーゼ710が来るまでの時間が果てしない。
たかだか百年しか生きることができないヒトの身では宇宙を正確に感じることなんてできないのかもしれない。
「でも20年に比べれば永遠に等しいよ」
「プロキシマ・ケンタウリの計画を言ったのは失敗だったか」
でもそれまだ未開発の技術だよね。
それをカウントするのは卑怯じゃないかな。
宇宙人いるのかなぁ。
地球外生命体くらいはいると思っているけど知的生命体となると難しそうだ。
「ちなみに宇宙人はその特徴に応じて全種族のデータを使うぞ。例えばグレイ型ならドワーフだ」
「待って。サンドキャッスルには宇宙人いるの?」
「あぁ。GM用の部分に書いてあった。この辺」
GMに見せてもらったのはルールブックの最後の方、ページでいうと73ページ。
GMが動かすためのキャラクター紹介のページだ。
もちろんGMだけじゃなくプレイヤーもこの種族を使うことができると書いてある。
「というか天文台のTRPGなら宇宙人はデフォルトでいれるべきじゃ? こんな、一応使っても良いですよみたいなページじゃなくて」
月の疑問ももっともだ。
今の今まで天文部の企画だということを忘れていた。
こうやって星の紹介が始まった時はさすが天文部と思ったけど、これはアドリブ、本来の筋ではない。
「たぶん、そういうの気にせず遊べるように、だろうな。あとこの面子じゃ宇宙人は浮く。剣と魔法のファンタジーってSFと相性悪いんだよ。かなり上手く作らないと面白くない。SF色強いTRPGシステムでも私達は良かったけど、それじゃあんまり裾野を拡げることができないと判断したんじゃないかな」
サンドキャッスルの基本種族はドワーフ、エルフ、人間、鬼の四種族。
宇宙人は似合わない……のかな。分かんないや。
でも確かにSFの物語に魔法は出てきて欲しくない。
これが相性悪いってことかな。
「だから、天文が嫌なら無理に絡めなくて良い。そう言ってくれていると思っているよ。勝手にね」
遊ぶことを第一に。
ゲームって楽しむためにやるものだもの。
「まぁ天文部の活動としてやる以上私達はそうはいかないけどね」
「そういえば私も生徒会として来てる」
「副会長、予算ちょーだい」
「何買うの? システムは無料でしょ。有料の拡張パックでもあるの?」
「今んとこない。オンライン環境整えるの。全員分」
そういえば最初の方に書いてあったなぁ。
天文活動の紹介の新しいアプローチとして専用サイトが複数あるTRPGに目をつけた、そうだ。
「んー、駄目。許可できませーん。というか私にそんな権限ないし」
「副会長、何ならできるの?」
「天文部は遊んでいるだけです、って言って予算削ることならできるかも」
「副会長、いや時期会長は確定してますよね。会長、ジュースをどうぞ」
「お菓子もあります」
「うむ、くるしゅうない」
調子に乗り出した月の頭をはたく。
本気で言ってる訳ないのは知ってるけど、どこかで終わらせる必要がある。
私の役目だ。
「えへへ。おこられちった。あ、私彗星で。名前と番号はごめん。覚えられなかった。アマチュアの人が発見したのが高ポイント」
「ありがとー。名前は私も途中でスマホ見ながらだったから問題ないよ」
何かと思ったけど、そういえばプレイヤーが鍵を手に入れるイベントの途中だった。
私はどうしようかな。
「私はかに座55e? でしたか? それにします」
グリーゼ445はどちらかというとボイジャーの説明だったからなぁ。
地球みたいな惑星があったら話は別だったけど。
「合ってるよ。ありがとう」
「地球、というか太陽系を中心に考えていたんですけど、他の系は全く違うものなんですね」
「そうだよ。そもそも系に恒星が一つしかないのは異質なの。かに座55番星も恒星は二つあるからね」
「じゃあ探索再開しよう」
この後、鍵を三つ見つけたプレイヤーはエリックが行なおうとしていた邪悪な儀式を止めることに成功した。
耀から始まったこの騒動は、無事終息。
下校時間がギリギリで最後駆け足になってしまったことが心残りだけど、よくあることらしい。
「おつかれさまでした×7」
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